自分の中の獣が吠えるとき、東京砂漠に愛の鐘は鳴るのか?野木亜紀子の、なかなかの快作『獣になれない私たち』をイッキ見!

2018年 『獣になれない私たち』(全10話) ★★★☆

前フリ

■このところ野木亜紀子の快進撃が続きますが、TBSの『アンナチュラル』とか『MIU404』とかの事件ものはさすがに毎回説明要素が多くて、世間的に評判はいいものの、観はじめて5分で飽きます。ありきたり感が半端ない。演出が堤幸彦テイストを引きずっているのも興を削ぎますね。あれは完全に若者向けです。

■それで敢えて事件ものではないストレートドラマをチョイスしてみました。 第37回向田邦子賞受賞作なので、期待していいと思います。

おはなし

■IT企業のブラック社長(山内圭哉)にこき使われても素直に仕事に精を出す人の良いヒロイン(新垣結衣)と、民間企業の粉飾決算から抜け出せない公認会計士&税理士(松田龍平)を中心に、彼の元彼女の奔放なデザイナー(菊地凛子)の獣じみた自由な振る舞いに翻弄されながらも、自分自身も支配するものに、いつ獣と化して吠えかかり、反抗の爆弾(『太陽を盗んだ男』が引用される!)を投げつけなければならない、そのことにいつ気づき、実行するのかというお話で、確かに上出来だったと思います。完全オリジナル作なので、受賞も納得です。

テーマはなにか?

■地方出身者が東京で大きなものに巻かれながら、自分を殺しながら、かつかつで生きているけど、いつかその抑圧は跳ね返さなければならないというシチュエーションのもとで、ラブコメが展開する。いわば、非常に小さな話で、その中に、東京と地方の関係が背景に置かれ、大きな構図が透けて見えるように作られている。そのあたりの塩梅は悪くないと思う。組織と個人、東京と地方、共通する支配と抑圧の関係性。それがこのドラマのテーマだ。

裏テーマは原発問題?邪推が止まらない!

■ことさらに言い募らないけど、松田龍平が背負う福島原発の事故だけでなく、新垣結衣の恋人の田中圭の母親(田中美佐子!)から語られる「小浜湾と相模湾は似ている」と言ったそのさりげないセリフにも、裏には原発の「存在/不存在」が意識されているのではないか。原発銀座と呼ばれて有名な敦賀湾だけど、実はそのなかで小浜市には原発がないのだ。それが市の方針だからだ。もちろん、相模湾にも存在しない。つまりこのドラマの裏テーマは原発問題だったのだ。というのは半分冗談だけど、当たらずとも遠からずでは?

■ホントは田中圭の父親は原発技術者で、敦賀湾のどこかの原発に出向しており、そこで田中美佐子と出会い、その後浜岡原発に戻って、そこで勤務するけど、放射線障害で若くして要介護状態に陥るという設定を、野木亜紀子は構想していたのではないか?いくら令和の時代とは言え、原発推進派の正力松太郎が初代社長だった日テレで、そんな設定が通るはずがないので、微妙に位置関係をずらした、という妥協の経緯が透けて見えるけど。まあ、こんなこと勘ぐるのはうちくらいだけど、意外と図星かもしれない。

松田龍平の配役に妙味あり

■とにかく無愛想で毒舌の松田龍平がぴったりなはまり役でかっこよくて惚れる。鼻先でフンッてすかすあたりの呼吸ね。実にTBSの『カルテット』の翌年ですね。松田龍平の連続ドラマはレベルが高いなあ。一方、新垣結衣は正直上手いとは思わないけど、要は清潔さですよね。もう少し、生々しさがあっても良い気はするけどね。

■そして、忘れられないのがタクラマカン斎藤(松尾貴史)。全国のクラフトビールしか出さないバー5TAPのマスターだ。毎回、みんなよく飲むこと!ほんとに美味そうで、涎が出ます。タクラマカンて、高島忠夫の例の変な歌(『君も出世ができる』のやつ)しか思いつかないけど、絶対狙ってるよね。テーマソングでそれとなく流せばよかったのに!

「水田組」の安定感

■演出は業界で「水田組」と呼ばれる日テレのエース水田伸生がチーフDで、相沢淳、明石広人らが参加します。実際、良い演出でした。5tap付近の町並みのロケ撮影もかなり秀逸で、よくあんな凝った立地を探し出したなあ。というか、繋ぎがうまくいったのだろうけど。あの空間設定と描写は褒めていいと思う。水田Dは坂元裕二と『Mother』『Woman』を作るし、他にもヒット作多数で、TBSの土井裕泰と並ぶ、「超」大物Dですね。劇中の「特別・チーフ・クリエイター」という九十九社長が新垣結衣のために適当にでっち上げた謎の称号は、水田Dの「シニア・チーフ・クリエイター」をもじったものだろう。そこには水田Dの自嘲が入っていると見た。これは邪推じゃなくて、たぶん間違いない。

撮影部の良い仕事ぶり

■2018年の本作では撮影にも力が入っていて、シネマカメラを使用している(はず)。撮影は水田組の中山光一がメインで、これもさすがに質感が高い。中盤の電飾キラキラした、主演ふたりの長廻しのロケ撮影も秀逸だった。あれは、相沢淳の担当回だったかな?あのイルミネーションは、美術部の仕込みではないかと思うけど、どうかな。アレ全部が仕込みなら、かなりの規模だと思うけど。。。

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