あしたのジョーでもロッキーでもなく、”偏差値高い系映画”だった『ケイコ 目を澄ませて』

基本情報

ケイコ 目を澄ませて ★★★
2022 ヴィスタサイズ 99分 @アマプラ
企画&プロデュース:長谷川晴彦 原案:小笠原恵子 脚本:三宅唱、酒井雅秋 撮影:月永雄太 照明:藤井勇 美術:井上心平 監督:三宅唱

感想

■コロナ禍の中、全聾のプロボクサーの恵子(岸井ゆきの)は第2戦を勝つが、しばらく休みたいと思う。だがジムの会長(三浦友和)に言い出せないでいた。そのうち、ジムの閉鎖が決まり、会長も体調を崩すと。。。

■もっと正当派の熱いスポーツ映画かと思っていたのだが、なかなか一筋縄ではいかない映画で、いわゆる「映画偏差値高い系」のクールな映画。石川慶とか、早川千絵とかの最近に若手監督らしい、妙に自信たっぷりに落ち着いた(?)タッチ。スポーツ映画としてのお話のメリハリは保ちながら、いわゆる劇伴もなければ、描写も一般の劇映画風ではなく、ある意味ドキュメンタリーのように見える。あしたのジョーとかロッキーのような根性映画ではない。そこはちょっと残念だけど。おそらく、映画化のオーダーとしてはそんなイメージだったろうと思うんだけど。

■生来全く耳が聞こえない障がいを持ちながら、ちゃんと仕事はしていて、なぜかボクシングにのめり込む、その心のうちを親切に説明はしてくれない。この映画のいいところは、ちゃんと日常生活があり、仕事をリアルに描いているところにある。そのことが、ラストのささやかな、でも運命的な邂逅にリアリティをもたらす。プロ第2戦に勝ったのに、なぜ休みたいと感じるのか、そのことも心理的な説明はしない。身体のダメージの大きさも確かにあるが、それだけではないのだ。

岸井ゆきのと松浦慎一郎とのミット打ちの場面が猛烈に秀逸で、これは確かに映画と演者の本気度を確実に伝える。映画に劇伴はないけど、このミット打ちのリズム感と音楽感が、そのまま映画の通奏低音になっていて、名場面といっても良い。そもそも岸井ゆきのは『恋せぬふたり』のあのかわいい系の岸井ゆきののはずなのだが、このガッツはどこから来たものなのか?笑うと、いつものあのあどけない(三十路だけど)岸井ゆきのなのだが、どうも身体能力を含めて大変なポテンシャルを持っているらしい。

■ちなみに、夜の河原の電車のシーンなど、何気なく観てしまうけど、そのまま撮っているのではなくて、わざわざ照明効果でメリハリのきいたきれいな光の流れができるように照明部の親方(藤井勇)が工作したらしい。なにげなくそのまま撮った風に、かなり凝ったことをしてるあたりも、妙に老成しているなあ。ちなみに、敢えてフィルム撮影、しかも16㍉撮影で、確かに粒状性が感じられたり、背景のボケ具合は少なめで、昨今流行のゆるふわタッチを避けているのはよく分かる。

■ちなみに、フィルムの粒状性は陰影の階調表現の幅に大きな意味を持っているらしい。そこにデジタルに対するフィルムの優位性があるという。パナソニックのデジカメ開発者がそれに気づいて、デジカメだけど粒状性を模したノイズを敢えて乗せることにしたんだって。人間の視覚て、不思議!


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