坂元裕二はリアル路線には向かないと思う
■もう少しリアルなお話かと思ったのだが、実はかなり空想的な世界観で、#7から裁判編に入ってもそのことは実感する。単純な裁判劇にしなかったのはいい判断だと思うけど、裁判過程についてもリアルなものではない。前半で副校長に取り込まれていじめはなかったと信じるようになった伊藤淳史が、再びいじめの事実を認識することになる。
■そもそも、坂元裕二は学校の組織を描くことには成功していない、というか、敢えて捨象している。むしろそちらを描いてほしいところだし、ヒリヒリするリアルさはそちらにあるはずなのに、と感じる。なにしろ副校長が体制としての学校をひとりで象徴して、校長はほぼ出てこないという異様な展開だ。裁判方針についても教育長と副校長が直接話しているから、組織としては異常事態。副校長が執拗にいじめを隠蔽しようとする動機もいまいちピンとこないので、終盤の説得力を欠く。
■副校長は以前にいた中学校でいじめ事件の存在を公開して大波乱を生んだトラウマで、今回のいじめ隠蔽に狂奔するわけだけど、このあたりの重要な動機の部分にヒリヒリするリアリティが感じられないのは弱い。終盤までひっぱった割に肩透かしに感じる。若い教員たちを巧みに洗脳しながら、不祥事の隠蔽を図る悪魔的な人間像を前半で匂わせながら、結局人間像が矮小化されたように感じる。
五十嵐隼人は必要だったのか?
■そこに大きく絡むのが副校長の息子の五十嵐隼人だけど、いじめっ子を私的に処刑すると宣言する異常者で、#11でついに教員室に乱入して傷害事件を起こす。昔のトレンディドラマ流行の時代には、だいたい最終回の手前で刃傷沙汰が起こって、ナイフが閃き、流血事件が起きるというのが定番の展開だったけど、その尻尾を引きずっている気がする。正直要らないエピソードだし、何がしたいのかよくわからない。五十嵐くんじしんも『ウルトラマンメビウス』の後にこの役柄というのは、かなり冒険だけど、これはちょっとねえ。
いじめはどこから発生したのか
■そもそもいじめはどこから発生したのかという謎については#12で谷村美月が法廷ですべて告白する。そしてドラマの良いところを全部谷村美月が攫っていく。#9の佐藤二朗の「いじめは存在します」証言の場面も確かに熱演だったけど、谷村美月が登場しては、完全に食われてしまう。主演の菅野美穂すら影が薄くなるほどだ。教室の窓枠に腰掛けながら自殺を試みる谷村美月のツヤツヤの髪に降りかかる雨は、その粒が真珠のように玉になってころころと滑り落ちるのだ。天使なのか?#1と#12で呼応するこの窓際の場面は、非常に映画的な名場面だったと思う。
■さらに#1の校庭での集団パニックの場面はなかなか秀逸な見せ場だったけど、あれはまさに集団ヒステリーを描いたもので、坂元裕二は小さなきっかけで生じたいじめの種が教室内の集団ヒステリーで拡散し蔓延したものと匂わせる。なので、結局あの教室のほとんどの生徒は何もいじめの責任を引き受けること無く、進級し、卒業してゆくのだが、それでいいのか?
■志田未来がなぜ自殺を思いとどまったのかを最後のさいごに明かす場面は、いかにも坂元裕二らしいポエムになっていて、こうした作風が坂元裕二の得意技らしい。後の『最後の離婚』でも、尾野真千子や瑛太の手紙でその効果を発揮していたところだ。わたしが自殺すれば、誰が悲しむのか?親に捨てられた孤児の少女がたどり着いた答えは、確かにちょっと感動的なのだ。
毎回泣くのがヒューマンドラマなのか?
■どうもテレビドラマにはかなりきついフォーマットがあって、時代劇はチャンバラを見せないといけないし、刑事ドラマはアクションを見せないといけなし、特撮ドラマはヒーローのアクションを見せないといけないという明確なルールが存在する。それはそれで当然でもあって、特撮が観たいから特撮ドラマを観るわけだ。では本作のような人間ドラマではどうかといえば、それは見せ場で誰かが泣くということのようだ。演者が泣いているさまを観ることで視聴者がつられ泣きして、カタルシスを感じる公式があるらしい。『エルピス』でさえ、毎回誰かが泣き出すので、湿っぽいなあと困惑したところだが、あれは日本のテレビドラマのお約束を踏襲したものらしい。もちろん、作劇上は誰が泣くでもなく、観客を泣かせるという(比較的高等な)テクニックがあるのだが、つまりは、視聴者は泣きたいからヒューマンドラマを観るという構図らしい。つまり誰かが泣かないと、視聴者が怒り出すということらしい。確かに、ウルトラマンを観ていて、怪獣が出ないとか、ウルトラマンが出ないとかだと子どもは怒るけどね。でもジャンル劇でないはずの一般の人間ドラマにそんな安っぽい枷をハメないで欲しいと思うけどね。
■ムロツヨシ(ほとんど顔も映らない)、波留、伊藤沙莉、小野花梨と若手が脇で顔を見せるけど、後年こんなにブレイクするとは予想できないよね。