日本のテレビドラマの映像ルックを刷新する佐野Pドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』『エルピス -希望、あるいは災い-』の場合

■これまであまりテレビドラマは熱心に観ていなかったのですが、このところ主に渡辺あやの力作が続くので、そこから徐々に後追いでカバー範囲を広げているところです。そのなかで気になったのが、テレビドラマの映像スタイル、というかいわゆる撮影の見栄え、ルックの進化です。テレビドラマのルックの変化や進化については、何十年も観ているので、なんとなく各時代の映像のルックは知っているし、ルックを見ればいつの時代の作品かは分かります。でも、最近の映像技術の潮流がフォローできていませんでした。

渡辺あや作品から佐野亜裕美Pの存在感の大きさを認識して、その過去作を探っていくと2021年の『大豆田とわ子と三人の元夫』に行き着きます。TBSを辞めて浪人した佐野Pが関西テレビで手掛けた意欲作で、TBSでの良作『カルテット』の座組の発展形ともいえる布陣でした。でも『大豆田とわ子と三人の元夫』を観ると、完全に映画の作りなので驚きます。まず映像のルックが完全にフィルムライク。暗部に時々の粒状性が出る(ような気がした)ので、まさかフィルム撮影か?と思ったのですが、ちゃんとデジタルカメラで撮ってます。

■さいきんのテレビドラマの撮影は報道にも使用されるENGカメラ(=エレクトロニック・ニュース・ギャザリング)かシネカメラ(とはいえ、フィルム撮影ではなくデジカメです)が通常使用されるらしいけど、さすがに昔のスタジオドラマみたいなビデオ画質丸出しのルックは減りました。ENGカメラを使用しても、フィルムルックに調整して仕上げているはずです。東映京都で撮っている『科捜研の女』などはかなり最近までビデオ画質だったけど、最近はシネカメラ(東映なので多分REDか?)を導入してフィルムルックになっていました。なにしろ、デジタルなシネカメラの普及で海外ドラマの映像のルックが完全に映画並みになってしまったので、日本でも徐々に追随してきたわけです。ここ10年間観続けてきた円谷プロのニュージェネ・ウルトラマンにしても、最近の作品はかなりフィルムルックな仕上がりです。それに、東映のヒーロー番組は円谷よりも先鋭的な進化を遂げていて、デジタル技術の最先端の部分を駆使して、完全にフォルムルックな仕上がりです。

■そこで佐野Pの最近のドラマの撮影技術関係にについて調べてみると、以下のことが分かりました。佐野Pはかなり意欲的に技術チームを座組しているようです。

『大豆田とわ子と三人の元夫』の撮影は戸田義久

■2021年の『大豆田とわ子と三人の元夫』の撮影は、戸田義久という人です。撮影にはARRIのAMIRAというカメラを使用したそうです。REDより上品な表現になるといいます。このドラマは演出もテレビのディレクターではなく、中江和仁池田千尋、瀧悠輔といった、CM、映画畑の人が起用され、テレビのスタジオドラマではなく、明らかに映画的な作風を狙っています。

■戸田義久というキャメラマンは今まで知らなかったのですが、NHKで『鎌倉殿の13人』の撮影まで担当してますね。ちなみに「ビジュアルディレクター」という不思議な役職で、神田創と戸田義久が担当しましたが、メインの撮影はNHKの人だったようです。

■映像のルックは濃厚な映画っぽさを狙っていて、後述する『エルピス』と比べても、さらにフィルムライクです。解像度を捨てて、敢えてルックを鈍らせて、細部を潰している気がします。特に黒味を若干青く転ぶようにカラコレしているようで、ディテールも敢えて潰しているようです。そのため、昔の16㍉フィルムで撮った粒状性が荒くて、暗部が潰れたルックを思い出します。16㍉で撮るとさすがに暗部の粒状性の荒れが凄いことになるけど、そこはデジタルカメラなので荒れないのが利点。かなり特徴的な色彩設計になっています。
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『エルピス -希望、あるいは災い-』の撮影監督は重森豊太郎

■いっぽうこれも明らかに撮影が秀逸だった2022年の『エルピス』は、重森豊太郎が撮影監督でした。しかも照明は中須岳士で、完全に映画モード。非常にリッチなドラマだったことがわかります。キャメラソニーのVENICE 2 8Kという最新鋭機器が使用されました。昔からあるシネアルタのシリーズですね。

■しかも「24P」撮影を敢行。通常は「30P」らしいので、渡辺あやの書いたドラマも画期的だったけど、技術パートも相当に奢った体制になっていたようです。実際、映像のルックはかなりフィルムライクでありながら、映画のような渋いタッチではなく、狙い通りのテレビドラマらしい派手さとシャープさもある映像設計で、かなりゴージャス感が表現されたと思います。併せて、ドキュメンタリータッチの部分の暗さとウェットさも特徴でしょう。おそらく大根仁の指示があったのではないでしょうか。
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被写界深度が浅ければいいてもんじゃないよ

■ただ、最近誤解されやすいのは、被写界深度を浅くとって、背景をぼかせば映画的でしょ?みたいな安易な映像設計が流布していることです。確かに安いデジカメではボケ味が出ないので、それだけで映画的なんて思ってしまいがちですが、ドラマの内容に合っていないこともあるし、被写体の汚さをリアルに表現できない弱点もあり、なんでも背景をぼかせばいいわけじゃありません。逆にパンフォーカスがふさわしドラマもあります。

■今のキャメラは非常に高性能なので、素人が何も考えずに撮っても、自然とパンフォーカスで撮れてしまうので、全体にフォーカスしていると逆に安っぽいと感じてしまう心理が生じますが、映像のルックはドラマの内容と演出意図に即して決定されるべきです。

■それにしても、非常に贅沢な条件で製作されている海外の配信ドラマの影響で、日本のテレビドラマの映像クオリティが近年向上していたということを改めて認識させられました。佐野Pの次回作が楽しみで仕方ないのですが、当面は子育て優先でしょうかね。赤ちゃんがいても働けるように、会社の手厚いサポートを期待したいところです!

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