市子、お前は何者だったのか?杉咲花が完全脱皮した『市子』

基本情報

市子 ★★★☆
2023 スコープサイズ 126分 @アマプラ
原作:戸田彬弘 脚本:上村奈帆戸田彬弘 撮影:春木康輔 照明:大久保礼司 美術:塩川節子 音楽:茂野雅道 監督:戸田彬弘

感想

■昨年の年末に公開されて、これは杉咲花の勝負作だろうと見当をつけていて、実際評判も良かったので映画館でみるつもりだったけど、あっという間にアマプラに登場ですよ!でもラジオにゲスト出演した杉咲花の話しぶりは、至って淡々としていて、監督含めて気負ったところがなかったのが好印象だった。なにしろ低予算映画で、撮影期間は長くないので、瞬発力が要求される現場だけど、杉咲花としてはけっこう濃密に現場に溶け込んだようだ。また、そうしたいと感じさせる企画であり脚本だったし、監督からオーダーのラブレターももらっている。実際、メジャーな売れっ子である杉咲花がよく引き受けたと感心する。その意気やよし!だし、実際よく彼女にオーダーしたよね。製作陣のそのセンスと糞度胸がこの映画の生命線だった。

■まだ新しい映画なので今回、ネタバレはありません。なのでお話については触れません。お話の内容はかなりハードでシビアなもので、察しの通り犯罪が絡むので、非常にナイーブな場面がある。物議を醸す種類のナイーブさだと思う。市子と名乗る女は、実は市子ではなく、一体何を隠して、どう生きてきたのか?そしてこれからどう生きるのか?単純にいって、そんなお話。

■とにかく杉咲花の実在感と演技者としてのポテンシャルが正当に発揮されたという意味で大成功で、女優がステージを上がる瞬間を目撃するという贅沢を味わえる映画であり、ある意味、薬師丸ひろ子の『Wの悲劇』のような映画。女優誕生の瞬間を寿ぐ映画なのだ。これまでどちらかといえば、元気で明るくてコミカルな演技をよく見てきた人だけど、その個性において突出していたので、どうみてもそれだけで収まらないポテンシャルを感じさせた若手女優。その予感が僻目でないことが明らかになる。

■お話の転がし方としては、橋本忍とか、野村芳太郎をどうしても想起するし、多分野村芳太郎が撮れば、もっとエグい傑作になったと思う。でも戸田彬弘の演出やキャメラワークは十分に秀逸だ。基本的に低予算なので、そんなに高いキャメラは使っていないはずなのに、画が実に良い。そこはホントにハリウッドの超大作の豪勢だけど退屈な画に比べて、映画としての魅力が違う。あえて欲をいえば、背景のボケ味に精細さがなくて、ぼんやり白く飛んでいるのは実に勿体ない。良い機材とレンズを使って、背景のボケ味の中にももっと立体感を描出したいところだ。昔の日活映画のモノクロ撮影なら、背景も白飛びせずに、しっかりと精細にリアリティを主張していたからね。

■ドラマとして弱いと感じるのは、市子の犯罪歴の部分で、特にラストのあれはちょっと省略し過ぎだと感じる。あそこはむしろ清張の『疑惑』のように、しっかりと描いてほしい気がした。田村正和沢口靖子のTV版『疑惑』でもかなり大掛かりに粘って撮っていたからね。低予算なので難しいけど、もう一押しエグみが欲しい気はした。

■脇役もなかなか充実した配役で、市子の母親は中村ゆりなのだった。なんだか年齢不詳だなあ。後半で重要な役となる北くんを演じる森永悠希って、どこかで見たような気がしたけど、NHKの『ブギウギ』でピアニスト役の彼じゃないか!いま、老け役で出てますよ。映画では省略されてしまった彼の心情を想像すると、泣けてきますけどね!儲け役!(そういえば傑作『トクサツガガガ』ではチャラ彦を演じていた人じゃないか!役柄の幅が広すぎて付いていけません!)

補足

■ちなみに、普通の2チャンネルステレオで観たのだけど、音響が強制的にサラウンド的に左右、背後に回り込む不思議な録音になっているようで、ちょっと困惑した。普通はこうしたミックスはしないのだが、敢えての実験的なミックスだろうか?同じ人が喋っていても、カットが切り返しになると台詞が後ろから聞こえてくるというのは、観客が会話する二人の真ん中に位置するという不思議な位置関係になってしまって不自然なので、普通はやらないのだけど、どうなっているのだろうか?あるいは配信用原盤の作成の不具合だろうか?


参考

正直、杉咲花のキャラクターが被っていると思います。
maricozy.hatenablog.jp
杉咲花、無駄遣いの記録
maricozy.hatenablog.jp
maricozy.hatenablog.jp

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