長崎やくざはピカドンの夢を見るか?『地獄の掟に明日はない』

基本情報

地獄の掟に明日はない ★★★
1966 スコープサイズ 90分 @DVD
脚本:高岩肇長田紀生 撮影:林七郎 照明:大野忠三郎 美術:中村修一郎 音楽:八木正生 監督:降旗康男

感想

■長崎の競艇場利権を巡って揉める山崎組と権藤組。だが、山崎組の顧問弁護士は間に入って政治結社の設立を画策する。漁夫の利を狙った策略だが、手打ちのはずのレースで選手が八百長を拒否したことから、2つの組の間に決定的な亀裂が走る。。。

■というお話に、山崎組代貸の男のメロドラマが綯い交ぜにされる降旗康男の監督第二作。なんとも奇妙なのは、どう観ても日活ムードアクションにしか見えないことだ。ヒロインに十朱幸代と南田洋子をわざわざ日活から(専属は切れていたようだが)連れてきて、高倉健と十朱幸代がまるで裕次郎とルリ子のように見える演出ぶり。当時の日活映画は若い観客に支えられていて、東宝の若いスタッフも観ていたようだし、東映でも若手のスタッフは愛好していたのだろう。まあ、それにしても降旗康男の心は完全に日活にあるように見える。それくらいそっくりなのだ。もっと遡ればフランス映画の名作憧れが見えてくるけど、それを上手に日本映画に翻案した日活映画にあやかりたい気持ちがありありだ。

■この映画がユニークなのは高倉健が長崎原爆で被爆したやくざという設定で、原爆病院に通院している。時々眩暈に襲われるけど、眩暈くらいで病院に行ってられるかと嘯く。原爆症の症状が発症していて、医師からはすぐにでも入院するように言われているのにだ。

■もともとこの脚本は若手の長田紀生が書いたオリジナル脚本で、広島原爆で被爆したヤクザを主役として、山口の米軍基地問題まで絡めた社会派意欲作だったらしい。それをベテラン職人の高岩肇が改編したという。ぜひオリジナル脚本を読んでみたいと思うけど、東映社内にしか残っていないだろうな。

■さらにユニークなのは、ヤクザの組通しの小競り合いを、三國連太郎演じる顧問弁護士と、高倉健の幼なじみの新聞記者今井健二が双方向から焚き付けて共倒れを誘おうとするところにある。今井健二の役柄なんて完全に二谷英明って気がするけど、高倉健の人間像を外側から塑造するために設定されている。同じ島出身で、片方は島に残って被爆せず、片方は長崎で被爆して天涯孤独の身を親分に救われてやくざに堕ちた。

三國連太郎の弁護士がなにをしたいかが判然としないのは弱点で、君だけは他のやくざものと違うんだよと囁きながら手を組もうと誘うから、同性愛的な含みがある気がするけど、高倉健だけが何が違うのかははっきりしないし、単なる利害を超えた弁護士の本心も見えてこないのは残念。ラストシーンも、何を言ってるのか聞き取れないしね。

■権藤組長の佐藤慶を温泉地で刺殺する場面で高倉健が「死んで貰いますぜ」と言いかけるのが決まって、後の名台詞に定着したらしい。いろいろと伝説の多い意欲作だけど、実録路線に入る前の、安定したキャメラワークで風光明媚な長崎ロケを切り取った観光映画としても楽しい良作ですよ。

© 1998-2024 まり☆こうじ