ヒチコックを超えたかも?ゲテモノ映画かと思いきや、心理サスペンス怪談の傑作『空飛ぶ生首』

空飛ぶ生首(字幕版)

空飛ぶ生首(字幕版)

  • リチャード・カールソン
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基本情報

空飛ぶ生首 ★★★★
1960 ヴィスタサイズ 71分 @アマプラ

感想

■金持ちの娘との結婚を目前に、腐れ縁の女ヴァイに復縁を迫られたジャズピアニスト(リチャード・ カールソン)は、彼女が廃灯台から転落するのを見殺しにした。その後海からすくい上げた彼女の体はみるみる海藻の塊と化した。あれは事故だと自分に言い聞かせる彼の周囲に、謎の足跡や動く手首、ついには喋る生首が出現して、彼を追い詰める。。。

■製作、原案、監督はバート・I・ゴードンで、『戦慄!プルトニウム人間』『吸血原子蜘蛛』などの低予算特撮映画で有名な人。「ミスター・B.I.G.」とも呼ばれるおじさんですね。本作も特殊視覚効果を兼ねていて、移動マスク合成や多重露光による特撮場面を見せ場と考えて製作したものらしいが、怪談映画らしい怪異描写の特撮はことごとくチープで、当時の技術水準からしてもかなり噴飯もの。多分怪奇映画は真剣に観ていないと思われる。ついに言葉まで喋れるようになったわ、と誇らしげに生首が登場する場面の珍妙さゆえに、カルトな有名作となったようだ。

■でも、ヴァイを演じるジュリ・レディングって、とても綺麗だし、スタイル抜群なゴージャスな女優で、なんでこんなゲテモノ映画に出たのかと訝しいほど。しかも撮影監督はアーネスト・ラズロで、『ヴェラクルス』とか『ミクロの決死圏』も撮っている一流のキャメラマンですよ。

■明らかにC級クラスの低予算映画で、灯台の作画合成も露骨にマットが下手だし、特に廃灯台の美術装置は非常に安っぽいし、照明効果も当時の技術レベルからしてもできが悪い。「ザ・ガードマン」の怪談エピソードのほうがよほど技術的に贅沢で様式的な完成度も高い。アーネスト・ラズロは一体どんなつもりで撮っていたのか?ヴァル・リュートンの映画なんて、絶対に観ていないはず。

■でもヴァイを島に乗せてきた船員が定石通りに主人公を強請りに来るあたりからドラマにコクが出て、単なる脇役かと思っていたフィアンセの妹、9歳の子どもサンディが実は大きなテーマ構築を担うことが分かってくる。このあたりのジョージ・ワーシング・イエーツの脚本構成と、テーマ構築が奇跡的な化学反応を起こして、本作は傑作となった。監督の演出は淡々と脚本通りにこなしただけのような気もするが、ヒチコックの『めまい』は本来こう作ればよかったのだと訴えているようにも見える。

■9歳の妹娘が姉のフィアンセに、幼いながらも憧憬を抱いていて、さすがに恋心には早すぎるが、異性として意識している節をちゃんと布石しているから、第三幕から妹娘に感情移入させるというアクロバティックな作劇が機能して、終盤のあの展開が衝撃的だし、主人公の悪への傾倒を真に恐ろしいものとして描くことに成功している。このあたりは、本当に見事な作劇でため息が出る。怪談映画としては道具立てが定石通りで、それはそれで楽しいけど、本作は子どもの視点を導入することで、心理サスペンスとして怪談映画の彼岸に達していて、そんな成功例は古今東西あまり例がない。人間の罪の意識という手に余るテーマに、徒手空拳で掴みかかろうとするのだ。怪談映画でそこまで真剣にテーマを突き詰めた映画は少ないし、成功例も僅かだ。

■そして、驚くべき高みにおいて心理的パズルがピタピタと嵌まりきって、思わず声を出してしまうほどに美しく怖い、これ以外にありえないラストシーンの見事さは、もはや伝説の域だ。奇抜な怪異描写もなく、派手な特撮もなくて、素朴なカットの積み重ねだけで、世にも恐ろしい恋の顛末が衝撃的に物語られる。これこそ、映画の根源的なマジックに違いない。映画の神様の粋な気まぐれが生んだ、心理サスペンスにして怪談映画の小傑作。

参考

本作『海底から来た女』も同じく怪奇的叙情において、似た志向を持つ。しかもわりと成功している秀作。
maricozy.hatenablog.jp
あまり知られないけど、こんな佳作もあるんですよね。『ゲスト』良いですよ。オリジナルの韓国映画『箪笥』より好き。
maricozy.hatenablog.jp
『ゴースト・ライト』も、通好みの秀作。本作に比べると、間延びするけどね。
maricozy.hatenablog.jp

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