■なんといっても「ダニッチの怪」が読みどころで、代表作だけあって、さすがに読ませる。ラヴクラフトの怪奇小説は、典型的な「群盲象を撫ず」メソッドで書かれていて、恐怖の御本尊はストレートに描かれない。なにしろ「旧支配者」たちは時空を超越した宇宙規模の存在なので、人間の直接描けるスケールを超えているからだ。ゆえに、それらに起源する怪奇現象を、関わったリアルな人間たちの証言や、記述をもとに、間接的に描くことに専念することになる。それによって、でかすぎる怪異のリアリティを確保しようとする。クライマックスの三賢人たちの邪神封印作戦だって、村人たちの遠望する様を経由して描かれるのだ。その視点の置き方の戦略に、感心した。
■そこが、視点を分散しにくい短編によっては偏執狂的な単なる狂人の戯言に見える場合もあるし、成功している場合は、一種のSFあるいは怪奇SFに見えることがある。「ダニッチの怪」は成功作なので、広義のSFに見える。しかも、その間接話法が秀逸で、視点がころころ変わり、肝心なところの客観描写は描かれない。ここがラヴクラフトの怪奇小説の肝だろう。客観描写ではなく、あくまで主観描写の積み重ねで、宇宙的恐怖を描いて見せる。まあ、そこのところに独特の芸風があり、馴染めないうちは、単に妄想的に見える。昔はそうだったな。
■ちなみに、「ダゴン」とか「神殿」とか「魔宴」とかは、仁賀克雄が朝日ソノラマ文庫の『暗黒の秘儀』でも訳出していて、読み比べると興味深い。個人的には仁賀克雄のドライで事務的な翻訳が性に合う。




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