”神”は保険会社じゃないよ!偕成社文庫版『宇宙戦争』

■たしか小学校の頃に読んだ記憶があるけど、久しぶりに再読。偕成社文庫版は図書館に置いてあるし、字が大きいので抜群に読みやすい!子供向けというか、年寄り向けだね!

■とにかくお話の視点が斬新で、火星人の来襲に科学者がどうしたとか、政治家がどうしたという話じゃなくて、とことんボトムアップ=民草の視点から描く。主人公は哲学についてエッセイを書く作家なので労働者階級というわけではないが、自分自身が体験したことや後に報道等で知ったこと、また弟の経験談などを交えて、火星人襲来による地上の大惨事、この世の終末を描き出す、ドキュメンタルな手法。ウェルズという人の想像力の先進性に驚く。

■この手法を忠実に踏襲したのが例のギャレス・エドワーズ監督の『モンスターズ 地球外生命体』という映画で、あれも斬新だったけど、実に100年前の発想ですね!(いや大好きな映画ですけどね)
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バイロン・ハスキンの『宇宙戦争』も傑作だったけど、あれはちゃんと科学者や立派な軍人がお話を引っ張る巨視的な路線で、ある意味当時の通俗的な映画作法に則ったもの。むしろスピルバーグ版の方が、かなり原作に忠実なのを認識しました。

スピルバーグ版はさらに突っ込んで、独自解釈を施し、地球侵略に遠来やってくる火星人なんて火星社会の下層階級に違いないのだから、映画の主人公も巨大ガントリーを操る港湾労働者だという斬新な発想で、プロレタリアート映画になっていたところが斬新すぎた。(火星人はつらいね!)原作が書かれた英国は典型的な階級社会なので、当然そこを強調しないと原作の含意が伝わらないという姿勢が秀逸で、成功していた。

■副牧師が主人公と行動を共にする場面も今回読み返すと新鮮で、さすがにSF作家は宗教に対して批判的だなあと感じたのが以下のくだり。いや、宗教や神ではなく、宗教者の不甲斐なさが批判対象か。

「男らしくしたまえ!あなたは恐怖のあまり、正気をなくしてるんだ!災難のときにやくにたたなければ、宗教などなんの意味もないじゃないか。(中略)あなたは、神がウェイブリッジだけを特別あつかいすると思っていたのか?神は保険会社じゃないよ。」

■でも、最終的に火星人が地滅んだ奇跡に対して、死都と化したロンドンの廃墟で神に感謝するから、辻褄はあっているのだ。とことん人間の弱さを晒す副牧師の描き方は鮮烈で、スピルバーグ版の中盤でティム・ロビンス演じる、恐怖に取り乱して主人公に殺される役が取って付けたような感じになったのも、神職であるという属性を取捨してしまったからだったのだな。やっと少し腑に落ちました。

■そして、スピルバーグ版のラストでも引用された以下のくだり。人類の発生以来と考えれば、何十億どころの命ではないと思うけどね。

「人間は何十億もの生命を犠牲にして、地球上で生きる権利を手にした。(中略)人間はむだに生まれ、むだに死んでいるわけではないのである。」

■神に頼ってばかりではサバイバルできないし、軍事力が頼りになるかとえいば、想定外の脅威には当てにならず、でも最終的には神の作り出した(?)偶然によって回収される。宇宙的な視点から見れば、先住民族を舐めるなよ!というお話かもね。先住民族には先住民族の、長年風土に適応してきた積み重ねのプライオリティがあって、それは一朝一夕で覆るものではないという。それを植民地主義大英帝国の作家が書いているのがミソだね。後のベトナム戦争の泥沼を暗示している気もするから、SF凄いね!

■でもそれは神様が人類の味方をしているわけではなくて、宇宙の摂理がたまたま火星人に不利に作用したという事件であって、いずれ侵略の失敗は火星人の科学力で解明されるだろうし、ちゃんと宇宙服を着ていれば大丈夫だよねとPDCAサイクルを回して、改めて地球は狙われる運命だろう。だが、人類の科学力も火星兵器の解析によって飛躍的に進化を遂げ、そのときこそ真の「宇宙戦争」が戦われることになるのだ。

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