第一部完結!人間はバンパイヤの敵か?『バンパイヤ』備忘録(17-20話)

■(承前)人間対バンパイヤの全面戦争が勃発。バンパイヤ委員会は爆弾攻撃を仕掛けると、人間はバンパイヤを強制収容所へ送り、額にVの烙印を押す。脱走したトッペイは東京スタジアムに逃げ込むが警官隊に包囲され、母親が説得に動員される。松田寛夫的には、後年の『女囚さそり 701号恨み節』ですよね。
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■17話「パンク・マシン大作戦」は可愛い漫画タッチのアニメで描かれるバンパイヤ戦争(基本的に爆弾攻撃!)がかなりえげつなくて、松田寛夫三部作ではインターミッション的な位置づけだけど、いろいろと複雑な構図。一斉蜂起したバンパイヤたちも、もはや手は血で汚れているのだ。

■実質的に本シリーズのクライマックスである18話「憎しみをこえて」は、16話とならんで松田寛夫の本気(若気の至り?)が溢れ出た力作で、東京スタジアムを舞台として、結構な大規模ロケだし、サスペンス演出にも力こぶが入っている。ここではロックもルリ子も登場しない。バンパイヤ側のドラマとして第一部を、実質的に締めくくる。

■バンパイヤは人間でないと国が認めたから殺しても罪にはならないとか、隊長(藤岡重慶)に、囮を使うのは法律違反では?と部下が思わず苦言を呈したり、さすがに視点の持ち方が妙にリアルで、子供向けドラマじゃない。

■最終的に母親も変身して、狼の能力でトッペイとともにスタジアムを脱出するクライマックスも、アニメの質的問題はあるものの、端的に美しい活劇場面だし、額のVの烙印を示して、人間はみな敵だとイキるトッペイが、いや、人間のなかにも俺達とおなじょうに差別され、偏見にさらされている者がいるんだ、バンパイヤは彼らと手を結ぶべきだったんだと悟るに至る終幕は、さすがに感心しました。そして深く感動。

■さらに、ダンプのおっさん(しかも二見忠男!)がそれと知りながらもバンパイヤ親子を逃がしてやる場面は、後の「怪獣使いと少年」の「だってうち、パン屋だもん」のパン屋の娘そのものじゃないか。やっぱり、このシリーズ、なぜか地下水脈で「帰ってきたウルトラマン」と接続しているよ!まさか、脚本の久谷新て、上原正三の変名?(さすがに、それはないな)

■京都の巨匠監督の息子で、助監督としても優秀だったけど、組合活動で跳ね過ぎて東映京都から東京に左遷され、何の因果か虫プロで快心の監督作を撮ってしまった松田寛夫は、でもその後は脚本家に専念する。監督としてこれ以上なんて無いよ、俺は燃え尽きたよ。俺の監督人生は虫プロで完全燃焼したんだーと言ったかどうかは定かでないけど、『バンパイヤ』での松田寛夫の仕事は、実は意外な重要性を持っているのではないか。生前に誰か、インタビューしておくべきだったよなあ。若気の至りだから、あれは触れないでくれといいそうだけど。

■と感心していたのに、19話「ロックは死なず?」は中西隆三が思いっきり雑に、何の思い入れもなく段取りだけで風呂敷を畳むし、渡辺文雄も極めて雑に死んでしまう。製作費の問題で制作中断を挟んで、長門裕之の人間プロが制作を引き継いで20話から第二部が始まるけど、ロックが完全に別人に変貌して、非常に単純な悪漢(キャバレーの用心棒みたいな小悪党)に変貌するから顎が外れるし、トッペイたちは任意に変身できるようになる。ひでー

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