北原白秋を通して明治の青春(性春)を描く意外な良心的力作『からたちの花』

基本情報

からたちの花 ★★★☆
1954 スタンダードサイズ 93分 @アマプラ
企画:岩井金男 原作:長谷健 脚本:八住利雄 撮影:中尾利太郎 照明:河野愛三 美術:小池一美 音楽:古関裕而 監督:佐伯清

感想

北原白秋日露戦争前後の福岡県柳川で過ごした少年期の青春(性春)を描いた映画で、この映画がヒットして柳川が観光地として有名になったという逸話が残っているので、当時は有名な映画だったらしい。主演は日活第一期のニューフェースが揃っていて、映画のクレジットは山村聡伊藤雄之助宇野重吉山田五十鈴と大物が並ぶけど、主演は北原隆で、牧真介、雨宮節子、桂典子などが揃って出演するけど、ほとんど知らないなあ。と思ったら、北原隆は全然現役で活躍中ですよ。凄いキャリアだなあ。

■どこまでが実録でどこからがフィクションか不明だけど、なかなかの意欲作で、実に筋の通った映画なのは、八住利雄が結構本気で取り組んだのじゃないか。なにしろ八住利雄はもともとロシア文学の大家なので、日露戦争前後の青春群像を適当に書き飛ばすわけにはいかなかっただろう。

■本作は叙情的なお話であると同時に叙事的であって、家父長制に対する批判や日露戦争に対する反戦姿勢が明確に打ち出される。特に重要なのは、白秋の親友の白雨(中島鎮夫。役名は清介)という少年のエピソードで、これは実在の人物。白秋は地元の酒屋の御曹司だけど、白雨は平家の落人伝説(六騎伝説)が残る漁村の息子で、明確な身分差がある。というか地域では明確な差別感情がある。そのなかで、寺の娘と相思相愛になるが、住職によって引き離されるし、娘は変心してしまい、しまいにはロシアのスパイ呼ばわりされて短刀で頸動脈を突いて自害する青年。そのときの経験を白秋は「たんぽぽ」という悲痛な詩にあらわした。白雨のエピソードには八住利雄の真情がストレートに反映していると思われ、明治期の富国強兵策によって明日は日露戦争の戦地に送られるかもしれぬ有為な若者の鬱屈した真情を、柳川ののどかな情景のかなに対比して伝えている。

■その明治期の男たちの鬱屈を伝えるエピソードは宇野重吉(でた!)も演じていて、没落していまは流しの芸人風情で明確に被差別の民として描かれるが、そんな境遇になったのは訳があり、日清戦争で眼を負傷しているのだ。眼が痛い、眼が痛いとうずくまるこの男は、白雨の父が日清戦争で三人の敵兵を殺したことを気に病み続けたことを明かす。日清戦争日露戦争にはまされた時代の日本に生きる男たちの実感を伝えて、静かな説得力がある。

■一方、白秋も学校に馴染めず不登校、恋する娘もあるけど、なんだか学校の教師と結婚するとかしないとかの噂があり、心は千々に乱れる。女は打算的で気まぐれだからと慰められても、そりゃすっきりしない。結局、地元の気風や明治時代の富国強兵の風潮に馴染めず、自分は美しいものを追求したいと、逃げるように上京するんだけど、家父長制の家の中で隠忍自重していた母親が、こどものしたいことをさせてやるのが親の努め、と夫に隠れて金の工面を含めて支度をして送り出してやる描写が地味に冴えている。父親は地元の色情狂の女(昔は近所にこんな人いたらしいですよ。今では精神疾患とかボーダーラインとかで理解できますけど)に手を出したばかりに、蔵に放火されて没落しているのだ。このあたりの家父長制に対する激しい嫌悪感の描写も凄いと思いますけどね。

■一方で白雨の家では、母親を山田五十鈴が演じて、夫には漁で死なれ、長男も唐突に自害するという泣くに泣かれぬ重すぎる運命をリアルな汚れメイクで演する。当然ながら白秋の母親と対比されていて、父親の役立たずぶりと、建前としての家父長制の抑圧のなかで現実的に母親の果たした役割の大きさを見事に描き出す。このあたり、八住利雄の脚本構築は見事だと思う。

■以上のように、意外にもよくできた力作なんだけど、佐伯清の演出は疑問で、いつのもとおりやたらと役者の顔を左右振らせて、形としての心理描写を試みる。というかほぼ意味不明な所作で、謎でしか無い。普通に撮ればいいものを、何故かやたらと視線をそらす演技をさせる。カット割りも謎で、観客の感情移入を拒否するかのようだ。この時期、なぜか良い脚本をいくつも撮っていて実際傑作があるのだが、後年は東映任侠映画の巨匠となる。ホントによくわからない人なんだけど。1952年に東映で『嵐の中の母』という作品を八住利雄のオリジナルで撮っていて、これは知る人ぞ知る傑作らしい。(映画は観ていないが、脚本は確かに良かった。子息の白坂依志夫も認める傑作脚本)

■といったところで雑感をまとめたところだけど、実際は白雨の遺書には「あなたを思っている」と白秋にあてていて、白秋と白雨の間には明確な恋愛感情があったらしい。少年期にありがちなこととはいえ、さすがにそこのところは事実そのままは描けなかったけど、それが日清、日露の富国強兵路線にあって、そうした世情を唾棄して真に美しいものを希求した軟弱で純真な青年たちの生きた明治日本の現実だったというところに、改めて感慨深いものを感じた次第。全く映画史的にも忘れられた映画だけど、意外にも含意の深い、味わい深い秀作なのでした。
www.bookbang.jp


参考

佐伯清はこの時期傑作を撮ってます。明らかに演出がおかしいけど、それでも傑作なんだから不思議。時代劇の傑作『加賀騒動』な何回も観てます。
maricozy.hatenablog.jp
maricozy.hatenablog.jp
maricozy.hatenablog.jp
明治日本の無惨な青春といえば、これ『野菊の墓』ですね。ほとんど姉妹作という感じで似てますよ。
maricozy.hatenablog.jp
彼らが忌避した明治の戦争の現実がここにある。これが現実だ!
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