感想
加賀藩の足軽大槻伝蔵(大友柳太朗)は藩主(三島雅夫)から特別に重用され家老にまで昇進して藩政改革に尽力するが、その裏には藩主の目に留まった恋人(東美恵子)を涙ながらに側室に差し出す苦渋の決断が隠されていた。だが、藩主の急逝後、大槻を快く思わなかった旧臣たちは謀反のかどで大槻に切腹を迫る・・・
大悪人大槻伝蔵が愛人と謀って加賀藩の乗っ取りを企てたとする、講談等で流布した加賀騒動の顛末を史実を踏まえながら裏目読みして、大悪人どころかむしろ忠臣であったと主張する橋本忍の力作脚本が冴える佳作時代劇。
劇的な見所は結婚の約束を交わしながらも主君の側室に指名されて引き裂かれる主役カップルの悲恋と大槻に一方的な思慕を寄せ続け、大槻の危機に自ら進んで救いの手を差し伸べる山田五十鈴の人間模様の描きこみの部分にあり、大人の分別と抑制の効いた人間関係を力強い輪郭で描き出す橋本忍の脂の乗った筆致が素晴らしい。
一方で加賀藩内で繰り広げられる政治劇の描きこみにもそつが無く、加藤嘉と薄田研二が対決するクライマックスの理詰めの舌戦の迫力は圧巻である。
才能に恵まれながらも身分の軽さから他に蔑みを受ける境遇を怨みつつ主君へ忠節を尽くし、一方で主君の命故に恋人と引き裂かれる運命を受け入れるしかない残酷な境遇を説得力をもって生きてみせた大友柳太朗の役者としての器の大きさがよく表れた作品である。
佐伯清の演出には粗雑な部分も目に付くのだが、そうした瑕疵を超えて訴えかける大友柳太朗の演技と橋本忍の作劇力の充実ぶりに瞠目させられる。
「そんな理由では腹は切れん!」理不尽な処断に対するラストの大友柳太朗の振絞るようなこの台詞は、今を生きる社会人の琴線をも刺激せずにはおかないだろう。組織の中で生きる人間像の複雑な真情を凝縮した大槻伝蔵の人間像は、時代劇が常に現代劇であり続けることの意味を訴えかけている。