ヨットと魔笛!忘れられた【文芸】難病映画の佳作『真白き富士の嶺』

基本情報

真白き富士の嶺 ★★★☆
1963 スコープサイズ(モノクロ) 99分 @アマプラ
企画:芦田正蔵 原作:太宰治(「葉桜と魔笛」より) 脚本:須藤勝人 撮影:松橋梅夫 照明:森年男 美術:西亥一郎 音楽:渡辺宙明 特殊技術:金田啓治 監督:森永健次郎

感想

■1964年の大ヒット難病映画『愛と死をみつめて』の前年、すでに吉永小百合は難病映画に主演していた。1963年の芸術祭参加作品の本作がそれである。

太宰治の有名短編小説を原作として、そこに逗子開成中学で1910年に実際に起った「七里ガ浜ボート遭難事故」を盛り込んだ脚色で、実になかなか良くできている。「真白き富士の根」という歌が、その遭難事故を歌っていて、本作でも下敷きにされている。もちろん、1910年の遭難事故そのものは絡まないのだが、それを踏まえたエピソードが終盤に登場する。

白血病で2年半の入院後、逗子の家に戻った妹娘(吉永小百合)がM.K.という男性と文通していることを嗅ぎつけた姉娘(芦川いづみ)が、その内容を詮索し、性的な発展を読み取って嫉妬するというお話を、姉娘の視点から描く。なので、実質の主演は芦川いづみで、単なる狂言回しではないし、助演でもない。彼女の心理描写が大きな割合を占めるからだ。

■その後の展開は有名な短編通りだが、脚本がかなりよく書けていて、いかにも文芸映画らしい上品な台詞回しも良いし、姉と妹の性に対する感覚のズレを意地悪く抉った描写もなかなかのもの。私だって婚前交渉を我慢しているのに、妹はあんなことやこんなことまで既に経験しているだなんて許せないわ!キーって、ヒスを起こすのが芦川いづみなので、最高に可愛い。これが中原早苗なら蹴飛ばすところだ。(個人の感想です)

吉永小百合も、私なんてもう全部経験済みよ、グフフと意地悪く笑ったりして、かなり演技的に頑張っているし、芦川いづみの短髪のキュートさと、妹は性的に自分を超えてしまったのではとの疑念に悶える心理描写(!)が秀逸。監督はお馴染みの森永健次郎だが、時々良い映画を撮る人。本作もお馴染みの無駄にキャメラが動きまわるスタイルで、あまり意味なくクレーンショットが頻出するし、ズームも多用するので、まるで若手の監督かと思うが、戦前からのベテラン監督ですよ。普通こうした文芸映画ではもっと重厚なキャメラワークを選択するものだが、なぜか非常に即興的な画作りを目指す。

■東京から転地療養のために逗子に家を買って転居した設定で、逗子の家がオープンセットで活躍するが、前述のようにとにかくやたらとクレーンショットが多いので落ち着かない。東宝だとステージ撮影に持ち込みそうなところだが、オープン撮影を基本として、夜の室内場面などがステージ撮影されているようだ。

■妹娘と束の間触れ合う男子学生が浜田光夫で、なんと映画の後半でやっと本格的に登場する。この男子学生のエピソードが終盤で意表を突いて、ちょっと泣かせる。ことの真相は分からないが、姉娘の推測として語られる純愛事件の顛末が、実に余韻嫋嫋で良い。ここは脚本のオリジナルな工夫で、大成功だと思う。

■その場面で金田啓治によるミニチュア特撮がふんだんに使用され、これもかなりリアルで効果的。森永健次郎は後の1964年『潮騒』でも同様に嵐の夜の海上を描くのにミニチュア特撮を多用していたし、1970年に『花の特攻隊 あゝ戦友よ』という戦記映画も撮っているので、案外特撮には抵抗のない人だったようだ。

■明かりを落とした暗い部屋で姉妹が最後の会話を交わす場面など、演出にも力が入った長回しで、演技的にも充実した見せ場だったし、森永監督、本作はかなり粘っている。ただ、芦川いづみの許嫁の小高雄二が相変わらず下手なのでちょっと困るね。『その壁を砕け』よりは進歩しているけどね。でも、平成ゴジラシリーズで活躍した小高恵美が実は彼の姪なので、特撮映画史にもちょっと縁があるのだった。(今知りました!)

■脚本は須藤勝人という人だが、あまり活動歴がなくて、誰かの変名ではと思うのだが、真相は不明。結構な書き手だと思うがなあ。ひょっとして、プロデューサーの芦田正蔵の筆名だろうか。正当な再評価が待たれる。

www.nikkatsu.com

参考

こうしてみると、森永健次郎って、なかなかいい監督じゃないか。凄いぞ。戦前派の職人監督って、当時は軽視されていたけど、今見ると結構凄いのだ。『潮騒』も見直してみようかなあ。
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