もうひとつの「ビルマの竪琴」?謎の社会派歌謡映画の佳作『星のフラメンコ』

基本情報

星のフラメンコ ★★★☆
1966 スコープサイズ 84分 @アマプラ
企画:横山弥太郎 原案:石森史郎 脚本:倉本聰 撮影:藤岡粂信 照明:森年男 美術:西亥一郎 音楽:鏑木創 監督:森永健次郎

感想

■ポスターでは『遥かなる慕情 星のフラメンコ』というタイトルで紹介されているけど、映画のクレジットには「遥かなる慕情」は付かない。そもそもかなり異色の映画で、紆余曲折のあった企画と推察する。何しろ、西郷輝彦の大ヒット曲の映画化といいながら、お話の内容は日本と台湾の戦争の傷跡をえぐり出し、最終的には両国民の友好を謳い上げるというお話なのだ。どう考えても、政治的な背景がありそうだ。もともと『遥かなる慕情』として用意されていた企画が歌謡映画に転用されたのではなかろうかと思われる。

■日本人の父と台湾人の母の間に生まれた主人公は商船学校の学生だ。妹の婚姻の直前に、戦後に台湾に残って日本に帰った子どもたちを見捨てた母親を訪ねて台湾に渡る。母はどこかに生きているのか、なぜ日本に帰ってこなかったのか。台北で親切な美人姉妹と出会い、その実家の豪邸に招待されるが、そこはかつて日本の統治時代に主人公の両親が所有していた資産だったことを知る。。。

■妹の結婚式の直前に台湾に渡って行方不明の母を訪ねようとする母恋物語ではあるが、台湾人として生まれ、日本人と結婚して日本国籍も持ちながら、終戦後の台湾の混乱とどさくさの中で、何を経験し、何を考えたのか、そしてまだ台湾のどこかに生きているのか。その答えは第二幕の終わりで、母親の手紙によって明かされる。

■その内容は、さすがにここでは書かないが、明らかに『ビルマの竪琴』がベースにあるだろう。そして、母親のナレーションで明かされる手紙の内容は、かなり感動的で、安易な手法とはいえ、母親の心中を察すると、崇高すぎて涙が出る。

■でも未熟な主人公はその時にはまだ母親の戦中派の心情が理解できず、なぜ子どもを捨てたんだと酒場で親代わりの親戚のおじさん(嵯峨善兵が意外な好演!)に詰め寄る。ところが第三幕で再び台湾へ飛んだ主人公は、台湾の片田舎のうらぶれた浜辺で、母親の祖国に残した想いをやっと理解して、泣く。

■さらにお話は美人姉妹のそれぞれの生き方に対するエピソードまでキレイに収拾して、主人公の唐突な「星のフラメンコ」の歌唱で終わる。

■実際のところ「星のフラメンコ」は完全に木に竹を接ぐ例えのとおり強引で、物語世界でのヒット曲という設定。作曲したのは浜口庫之助にそっくりな作曲家のおじさんの嵯峨善兵という凄いこじつけで、無理やり劇中に何度も挿入される。しかし、この脚本はそれでもかなり強固な構成を持っていて、登場人物のそれぞれのエピソードを、それなりに決着に導いて終わるから凄い。それでいて、約80分しかないのだから、結構な離れ業なのだ。

■もちろん見るからに低予算映画で、ロケ主体で、ロケセットの照明なんて香港映画の昔のB級映画並のあらっぽさだし、台湾のナイトシーンは基本的に擬似夜景。何しろ、広大な庭園付近には光源に使えそうな街頭など設置されていないので、夜間撮影してもほぼ潰れてしまうだろうから、そうするしか選択肢がなかったのだろう。一方、日本のシーンはちゃんと夜間ロケを敢行している。

■「星のフラメンコ」は明らかに後付だけど、それ以外は音楽映画としてもきちんとできていて、母親の愛した「田道間守の歌」「赤とんぼ」といった当時日本人から台湾人の心に受け継がれた素朴な文部省唱歌が劇的に生かされる。そこには台湾の血と日本の国籍に引き裂かれた母親の魂が込もっていたのだ。実は非常に良くできた社会派音楽映画だったのだ。



補足

■物語の大きなモチーフとなるのが、さすがに戦後世代は知らない文部省唱歌「田道間守」という歌。田道間守は天皇に命じられてタチバナを求めて常世国に旅立つが、10年後に非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)8竿、8縵を携えて帰国したときにはすでに天皇崩御し、嘆き悲しんだ田道間守は天皇の陵の前で死ぬという、記紀に伝わる当時は有名な説話で、かなり広く歌われたそう。

■さすがにこの歌は初めて聞いたけど、映画もそこは親切で、戦後派世代は知らないだろうと、第一幕で嵯峨善兵がちゃんと情感を込めて歌唱してくれます。当時の日本人がいかに実感を込めて歌ったかということを説明します。

天皇に対する国民の素朴な思慕の念を称揚する意図で唱歌とされたものでしょうが、台湾人として生まれ、日本人と結婚したために国籍としては日本人でもあった、2つの祖国を持つ主人公の母親がこの歌をどんな思いを込めて、戦後も台湾の片隅で名もない庶民に教え続けたかと想像させるところが、この映画の作劇の非常にうまいところで感動的でもあるわけです。
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