ありがとう ★★★☆

ありがとう
2006 スコープサイズ 125分
ユナイテッドシネマ大津(SC2)
原作■平山 譲 脚本■平山 譲、仙頭武則、七字幸久、万田邦敏
撮影監督■渡辺 眞 別班撮影■大川藤雄 照明■和田雄二
美術■清水 剛 音楽■長嶌寛幸
特撮監督■仙頭武則 VFXプロデューサー■浅野秀二 VFXディレクター■立石 勝
監督■万田邦敏


 阪神淡路大震災の際、特に火災の被害が大きかった長田区の若鷹商店街で写真店を営んでいた主人公(赤井英和)が、何者かに生かされている自分が震災で亡くなった者たちに対してできる限りのことを、と一念発起してゴルフのプロ試験に挑むという実話の映画化。

 これまで若手の映像作家を起用して海外の映画賞狙いの作品をもっぱらプロデュースしていた仙頭武則が、親戚のおっちゃん、おばちゃんや爺さんばあさんにも、観て素直に元気付けられるような平明な映画をと祈念して創り上げた熱い魂のこもった映画で、阪神淡路大震災を始めて正面から描いた劇映画としても、スポーツ映画としてもお釣の来るほど上出来の佳作。

 特撮者としては、なぜかプロデューサー自身が口を出して特撮監督になってしまったという日本映画史上でも稀な事件に目を奪われるのだが、特撮場面の出来栄えもほとんど申し分ない。地震の前兆として神戸の上空に怪しく現われる発光現象など素晴らしいものだし、地震の瞬間の崩壊シーンも、ナイトシーンで暗いことと、相当画面を揺らしていることで、ミニチュアとCGの区別もつきにくく、第一、瞬間に何がどうなって壊れているのか意識する隙を与えない編集も巧く機能している。別班撮影の大川藤雄がミニチュアや素材撮影を行っていると思われるが、「ドラゴン・ヘッド」の渋谷崩壊シーンをフルCGで描き出したリンクス・デジワークスのスタッフなので、ビルの倒壊関係はCGで、日本家屋の倒壊がミニチュアではないか。生田神社の倒壊はCG処理だろう。そのほかにも、震災直後のマット画合成にもリアリズムが貫かれ、特撮シーン自体をドラマとして演出するという作品ではないため、既成の特撮監督でなくとも構わなかったのだろう。第一、同時期に神谷誠特撮研究所も「日本沈没」に関わっており、菊地雄一らの円谷プロ系スタッフはTVシリーズがあるし、川北紘一ではプロデューサーのコントロールが効かないという按配で、仙頭武則が自ら取り仕切る羽目になったのではないか。しかし、日本全国から消防車が続々と終結し、水が出ないので海水を汲み上げ、ポンプ車を数珠繋ぎにして長田の街へ放水する様子を、空撮の設定で1カットで描き出したVFX場面は傑作だ。

 しかし、この映画の大きな魅力は、特撮場面というよりも、関西らしいこってりとした人情モノの呼吸を演技陣が見事に演じてみせることで、赤井英和田中好子の夫婦の演技合戦や、後半で赤井の女房役となる薬師丸ひろ子の短い中で的確な見せ場を作る劇構成の正攻法の見事さに舌を巻く。赤井英和の存在感を久々に映画に開示した演出の力量も凄いし、赤井と田中の掛け合いが、例えば「王将」とか「夫婦善哉」といった浪花の夫婦モノの芝居の情緒とリズムを見事に再現してみせるのも感動的だ。作劇にはハリウッドの娯楽映画の文法がふんだんに引用されているが、日本映画においてこうしたスポーツ映画で、アメリカ映画の美質を巧く引用できた例はあまり知らないのだが、クライマックスの薬師丸ひろ子の使い方など実に堂に入ったものだ。

 協賛出演で大物ゲストが次々登場するのだが、佐野史郎消防団員はあまりに無理があり、減点対象。むしろ、吉本の芸人たちがお約束どおり賑やかしに出てくるあたりのルーズさが素直に楽しい。

 ただ、難をいえば、場面によって色彩の発色が悪く、画調が平板になっている箇所があり、後半のゴルフの場面も緑の発色が悪く、VFXシーンも精度が低い。カットによってフィルムルックの箇所と、ビデオ撮影の雰囲気の場面があり、デジタル加工の有無によるものかもしれないが、単純に観ていてバラつきが目に付く。震災直後の場面は報道ビデオをそのまま流用した箇所も多いが、芝居の場面でこうしたルックのバラつきが目に付くのはいただけない。


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