日本沈没(1973) ★★★☆

日本沈没
1973 スコープサイズ
レンタルDVD
原作■小松左京 脚本■橋本 忍
撮影■村井 博、木村大作 照明■佐藤幸次郎
美術■村木与四郎 音楽■佐藤 勝
特技監督中野昭慶
監督■森谷司郎


 何年ぶりかに見直すと、SFとして、ポリティカル・フィクションとしてがんばっている橋本忍の脚本が微笑ましくも新鮮に映る。

 一方で、森谷司郎の演出は出来る限り実写で撮りきろうとする姿勢が明らかで、円谷英二の時代ならミニチュアで描いていたに違いないシーンも大ロケーションで映し出す。また、無闇に大きなスケール感を売り物にしてきた東宝の大作映画の美術セットを、逆に狭さの方向に煮詰めた美術設計と撮影設計がユニークだ。スペクタクルでありながら、主要人物の活躍する場面は潜水艇の内部やD計画本部といった意図的に狭苦しいセットで、撮影部のレンズ選択も人物をぎゅっと圧縮したような密度の高い空間を演出する。

 中野昭慶が名前を売り出した凄絶な特撮絵巻の部分は、大災害に人間が飲み込まれる様を意欲的な合成カットで描き出し、特撮カットに人々の悲鳴を強調する画期的な音響演出で、大災害の恐怖を煽ってみせる。このあたりの森谷司郎の演出姿勢はもっと評価されるべきだ。

 ただし、クランクインから公開まで約4ヶ月というタイトなスケジュールのせいか、肝心の国土の沈没シーンがごっそりと抜け落ちており、第2次関東大震災、富士山の噴火まではいいとしても、国土が水没してゆく特撮の見せ場は、実はほとんど無いのだ。辛うじて四国がずるずると海水に呑まれてゆき、三陸海岸が大爆発を繰りかえすといった乱暴なシーンが見られるが、日本沈没の肝というべき部分の特撮表現が欠けているのは、映画の構成上も後半部分のカタルシスの不発を招く結果となっている。そうした欲求不満がテレビ版日本沈没川北紘一を奮起させることにも繋がっているのだろう。

 しかし、なんと言ってもこの映画の最大の魅力は、佐藤勝の一世一代と言っても過言ではない様々な感情が入り混じる楽曲の数々が生み出した名シーンに尽きるだろう。恐るべきご都合主義ですれ違いを演じる藤岡弘いしだあゆみのメロドラマを彩り、国土を喪い難民と化した日本民族の絶望とかすかな希望を楽曲だけで表現してしまった名曲の数々は70年代日本映画の宝であろう。

 改めて気になるのは、日本民族の危急存亡をたった一人の才覚で救うことになる渡老人という存在の不可解さで、この人物には、実は”あるべき天皇”の姿が仮託されているのではないかと思われる節があることだ。”象徴天皇”には果たせない役割を百歳を超える政財界の黒幕である怪老人が実現せざるをえないという不気味で皮肉な物語は、ちょうどこの作品に対抗する形で東映が制作した「ああ、決戦航空隊」の笠原和夫による天皇呪詛と表裏一体のものではないかと思われるといったら、考えすぎだろうか。


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