日本沈没(2006) ★★★

日本沈没
2006 スコープサイズ 135分
TOHOシネマズ二条(SC7) 
原作■小松左京 脚本■加藤正人(+成島 出)
撮影監督■河津太郎 美術■原田恭明 音楽■岩代太郎
VFXスーパーバイザー■大屋哲男
VFXスーパーバイザー■佐藤敦紀、田中貴志、道木伸隆
特殊技術統括・監督補■尾上克郎 特撮監督■神谷 誠
監督■樋口真嗣


 樋口真嗣が、自身のソウルムービー「日本沈没」を、「アルマゲドン」「ディープ・インパクト」「デイ・アフター・トゥモロー」等のハリウッドVFX大作を意識しながら、女性観客の取り込みを狙って恋愛ドラマ風に再構成した欲張りな本作は、「もっと俺を愛してくれ!」という監督を突き動かす強迫観念を隠そうともせず、また監督デビュー作「ローレライ」の再話にもなっているという癖のある映画である。

 まず驚くのは、開巻早々沼津が震災で壊滅している場面からドラマが幕開けする構成で、これは派手な見せ場で観客を鷲づかみという低級な作劇術というよりも、数々の大震災を近年経験した日本では、このレベルまでは既に日常世界の延長であるという認識に基づくものだろう。そこへ天使のように舞い降りる柴咲コウの演出はあまりに漫画的だが、作劇としては、後の不器用な恋愛模様とラストと呼応しており、ちゃんと計算はできているから、最終的には浮いていない。

 しかも、日本が沈没するという事実自体が、その次のシーンで説明されるとう破天荒な展開で、田所博士も日本が沈没することを最初に発見した運命の人という設定ではなくなっているのだ。オリジナル版「日本沈没」を観た観客にも新たな視点からの物語を提供したいという発想だろうが、そのおかげで、映画の前半にサスペンスが希薄になっている。前作の日本沈没の事実に突き当たるまでの小出しのサスペンスが、今作ではすっかり捨象されている。今作では前作で腰砕けに終わってしまった後半部分に力点がおかれ、ラストにむけてサスペンスを組み立てて、前作で畳み損ねた風呂敷をこじんまりと回収しようとするのだ。その意味で、本作は前作に比べるとスケール感も役者も小粒で、逆にこじんまりとした安定感と小粒なカタルシスがあり、「ローレライ」同様に、決して退屈な映画ではないし、「アルマゲドン」のように単に大味な超大作でもない。

 今回の特撮班は、尾上克郎が特撮の予算とスケジュールを管理しつつ、全国の実景撮影をこなす実質的なB班監督を務め、神谷誠が地味なミニチュア撮影、素材撮影に専念したようだ。とにかく、ミニチュアショットの撮りきりカットはほとんど無く、ハイパーリアルなマット画と実写のコラージュの中に溶け込ませることを最優先している。おまけに、物語のスケールを限定したため、日本各地の壊滅の様子は情景カットとして提示され、破壊される有様を生々しい臨場感で描き出すという場面がほとんど存在しない。前作での第二次関東大震災のような生々しく荒々しい恐怖感を敢えて排除している点は、この映画の物足りなさにもなっている。せっかくの日本映画最高水準VFXスタッフ(但し、白組を除く)をそろえたのだから、未曾有の大災害に巻き込まれる恐怖感を圧倒的な物量で描き出してほしいという観客の期待はあっさりと裏切られる。それは、この映画の評価を分けるおおきなポイントだろう。摩天楼の崩壊も、巨大津波に飲み込まれる市街地もほとんど正面からは描かれないのだ。

 本作で樋口真嗣の目指したものは、草なぎ剛柴咲コウの不器用な恋愛を隠そうともせず不器用な手つきながら、最期まで描ききろうとするチャレンジを試み、それはある意味で歪な成果となって表れている。今時、劇中でテーマソングをフルに流すなど、テレビドラマくらいだと思うが、敢えてそんな恥ずかしい、玄人からはバカにされるに違いない演出方針を捨てず、女性観客に媚を送り続けるのは、この映画をとにかくたくさんの観客に見てほしい、ヒット作の数字を残したい、という世俗の処世術以上に、「みんな俺のことを愛してくれ!」という監督の魂の叫びであるに違いない。それ以外に考えようが無いではないか。

 柴咲コウのふにゃふにゃした台詞回しは役柄上明らかに間違いで、監督の指導力の不足であるし、「ディープ・インパクト」などと比べれば、群像劇の演技の簡潔な裁きかたを知らないのは明らかである。大地真央豊川悦司がそれなりに役をリアルに肉付けして、信用に足る演技を披露しているのは、ベテラン俳優の貫禄というのもだろう。ただ、豊川悦司がパソコンに蹴りを入れる場面は、近年のハリウッド映画の下手な演技に影響を受けすぎ。役者はあんなことをやりたがるが、制御するのが監督の手腕である。しかし、脇役の重量感の欠如は如何ともしがたく、日本映画の弱体はこうした部分に顕現する。

 それから、これはパンフレットの樋口真嗣のインタビューを読むまで気づかなかったのだが、日本沈没の大災厄に巻き込まれて過酷すぎる運命に晒される名も無いある若い夫婦の変遷を3シーンに渡って描きこんでいる部分が、この映画の値打ちの半分くらいを担っていることを明言しておきたい。目立つ配役でないのと、地殻変動の進行とともに映像がダークトーンに変遷してゆくため、役柄が判然としないのだが、この部分はこの映画における樋口真嗣の良心である。私がプロデューサーなら、このエピソードをもっと打ち出すよう編集を変更させるに違いないし、足りないカットを追加撮影させるだろう。このエピソードと、草なぎ、柴咲が互いの生き方の変更を迫られる恋愛のエピソードが対比されて、新作「日本沈没」の真の骨格が完成する仕掛けになっているからだ。これから観る方は、ぜひともこの部分を見逃さないように。というか、気づかなかったのは、私だけですか??

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