粘膜が腫れるまで恋をした!でも実は壮大な野心作『火口のふたり』

基本情報

火口のふたり ★★★☆
2019 ヴィスタサイズ 115分 @アマプラ
企画:寺脇研 原作:白石一文 脚本:荒井晴彦 撮影:川上皓市 照明:川井稔、渡辺昌 装飾:高桑道明 音楽:下田逸郎 監督:荒井晴彦

感想

■なんんとなくポスタービジュアルから、男女が火口の近くで情交して心中する映画かと思っていたのだけど、全く違ったので驚いたし、「転」の部分で思いっきりあらぬ方向に飛躍するので、思わず声が出ました。えー!?そんな映画だったの?まあ、原作がそうらしいけど、むしろSFじゃないですか?

■映画の作りは完全に往年のロマンポルノのフォーマットで、役者は二人だけだし、10日で撮ったらしい。ロマンポルノは70分くらいで5日だったらしから、ちょうど倍くらいの時間で撮った低予算映画。それにしても、結構な尺があり、食べたり性交したり、やり直しが困難な内容なので、現場の役者は大変だよね。自分が役者だったとしても、嫌だよね。バタバタした現場で、あんな内容を演じるのは。よほどの度胸がないとできない。ああ、役者じゃなくてよかった!

■結婚式の直前に一度だけと昔の男(柄本佑)を誘った女(瀧内公美)。でも男の身体には火がつき、抜き差しならぬ状態に。女の婚約者の自衛官が戻ってくるまでの5日間をひたすら情交に耽る二人だが、ふたりはいとこ関係だった。。。

■というあたりはいかにも荒井晴彦の独壇場で、演出的にも初期のロマンポルノのタッチで、現場では役者本位でラフに撮りきって、ぼかしは後で考えるというスタイル。なので、いまどき珍しい大きなぼかしが入る。最近では、まったくぼかしなしの映画が配信されているけどなあ。かえって、懐旧的な気分になるね。

■正直なところ、二人の激しい情交シーンは、もうありがた迷惑な感じで、瀧内公美もとても綺麗だけど、まあ、もっと違う撮り方とか描き方があるよね。進歩していないともいえるし、敢えて昔風に撮ったともいえようか。

■むしろ、感嘆したのは「転」からの大展開があるからで、これはさすがに悔しい。こんな大ネタが仕込まれていたとは!女の婚約者が幹部候補の自衛官というのも、映画用のアレンジかと思いきや、原作由来らしいけど、ぬけぬけとそんな展開をよくもやったな、と感嘆した。
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■で、よく考えてみると、この映画、『サンダ対ガイラ』にそっくりな構図になっていて、血の濃い二人が裸で身体をぶつけ合うとき、火山が噴火するという国生み神話の変奏曲で、ほぼ同じ話じゃない?お話の神話性については、原作小説の宣伝文で田口ランディも言及しているけど。
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■二体のフランケンシュタインが両方オスだから闘争するけど、一方がメスだとどうなるのか?誰しも夢想するオタクネタを大真面目にドラマ化したのが本作なのだ(知らんけど)。原作者や荒井晴彦が『サンダ対ガイラ』を観ているとは思わないけど、にんげん同じようなことを考えるわけですな。ひょっとしたら、邦画フリークの柄本佑は自覚していたかもしれなくて、俺って、ガイラ?むしろサンダなのかなあ?なんて自問したとかしなかったとか。

補足

■これ実際、企画の勝利で、この原作に目をつけて、ロマンポルノのフォーマットでいけるよねと考えたところが、さすがに秀逸。寺脇研の功績なんだろうなあ。
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■でも、本当に勿体ないのは、ラストの富士山の噴火を直接描かなかったところで、敢えてそうしている演出意図でもあろうけど、あそこは田口清隆に頼めばよかったのに。1カットでいいから、リアルな特撮ショットがあるべきだった。そんな低予算でできの良い合成カットは田口清隆の独壇場なのに。誰も知らなかったのじゃないか?

■そもそもこのドラマは、寺脇研荒井晴彦も意図せずして、映画史的には、東宝特撮映画の作劇がずっと追求し続けていたマクロ状況とミクロな人間ドラマの融合というモチーフに接続するはずの企画で、田口清隆が特撮監督として参加すれば、完全に日本特撮映画史の文脈で語ることができたはずなのだ。ああ、勿体ない。

荒井晴彦の限界点?

■基本的に荒井晴彦という人は、東京のええしの生まれで、若い頃荒井晴彦と一緒にシナリオ書くと、お母様が美味しい晩御飯をつくってくれたという話が伝わっていて、ぼんぼんである。しかも若い頃から女性遍歴が豊富で、女にモテモテである。だから、書くシナリオは基本的に「リア充」のモテモテでイケイケのエピソードである。

■と言ってしまうとホントに身も蓋もないけど、オタク世代とかさらに後の世代からみれば、女に不自由しない「リア充」が何贅沢言ってんだ?という世界観。そして、団塊の世代は性欲が強いのだ。あんなもの、単に粘膜の摩擦に過ぎないのでは?という感覚は、団塊の世代には通じないだろう。

■本作はそんな荒井晴彦ワールドが、「転」以降に未知のセンス・オブ・ワンダー(=SF)に飛躍したところに新機軸があって、性欲旺盛な(現実離れした)男女の「リア充」エピソードが、寓意に昇華した。ゆえに、かなり広く指示され、高評価となった。

■この後の作品『花腐し』『星と月は天の穴』では、性欲を描くために、自然と筆者のよく知る過去の話になっていった。だって、今の若者、そんなに性欲ないもの。


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