『F.ヘルス嬢日記』

基本情報

F.ヘルス嬢日記
1996/スタンダード
(98/6/27 V)
原作・佐伯一麦 脚本・荒井晴彦 撮影・米田 実 照明・鳥越正夫 美術・沖山真保 音楽・遠藤浩二 監督・加藤 彰

感想(旧HPより転載)

 タイトルとは異なり、正確には主人公の男の視点から風俗嬢との恋愛の顛末が語られるウェルメイドの恋愛映画。

 にっかつロマンポルノの諸作品や「Wの悲劇」「遠雷」そして最新作「絆」等で知られる荒井晴彦のベテランの技術が的確に発揮された脚本を得て、同じくロマンポルノの大ベテラン加藤彰の安定した演出力を見せつける、Vシネマの知られざる秀作である。

 離婚歴のある電気配線工・金山一彦が仕事で出かけた渋谷のファッションヘルス店で知り合った真弓倫子に一目惚れし、通い詰めて互いの感情を募らせてゆくが、真弓は突然店から姿を消す。行方を訪ねて歌舞伎町のヘルス店を突き止め、遂に一夜を共にするのだが・・・

 厳しい制作条件下にも関わらず、技術的に洗練の度合いを増しつつある現在のVシネマの水準から見れば、撮影、照明、美術等の技術的レベルについて劣って見えるのは、予算的制約が相当大きいに違いないが、にっかつロマンポルノ組の正攻法の映画作りの技術は決してダテではない。

 主演の真弓倫子はおそらく本作あたりで演技開眼したものと思われ、後に哀川翔、草野康太と共演したVシネマ「鉄砲玉、散る」でのナチュラルな巧演には及ばないものの、スリムな体型と淡い胸元を生かして風俗嬢を切なく好演している。

 風俗嬢との純愛というモチーフで男の見がちな甘い夢を紡ぎながら、女は男に自分の全てを見せようとはしないことを突き付けるラストまで、豊かな抒情と繊細な演出でよどみなく語りおろされ、同じ日に観たゲイリー・フレダーの「コレクター」などとは比べものにならないほどの豊かな映画らしいサスペンスを堪能することができる。風俗店での真弓の友人が金山に訊ねる「男は女の言うことをどのくらい信じてるものなの?」という台詞が泣かせる。

 真弓に別れを告げられ、再婚が決まった元妻からは娘の写真すら送ってもらえなくなる金山の、全てを喪失した男の姿は、作者のナルシズムが露になりすぎて少々気恥ずかしい気もするのだが、男の純情と女の秘密が正確な筆致で構築されてゆくさまは、まるで映画の教科書のようだ。

 特に、渋谷のヘルス店の3畳あまりの個室のなかで、研ナオコによる主題歌「花火」が有線から流れるなかで、二人の似通った境遇がゆったりと語られ、二人の間に深い情感が流れ始める雨の日のシーンは、日本映画のもっとも得意とするシチュエーションを入念な作劇と、繊細な演出で魅せきった名シーンだった。

 有線がそれまでのポップスから主題歌に切り替わるタイミング、せり上がってゆく主題歌、ベッドからふと立ち上がり、刑務所の独房にも似た個室に唯一外界との接点となる、ピンクのカーテンが掛かった明かり取りの小窓を開けて雨の様子を確かめたあと、「私、この歌、好きだなあ」と深く呟く真弓倫子を捉えた秀逸なカットへの流れ、この情感の鮮烈さは、ローアングルでも長廻しでもないけれど、相米慎二の傑作「ラブホテル」や加藤泰の股旅映画を思わせる、と言ったら誉めすぎだろうか?

参考

原作小説は「一輪」といいます。この記事を書いたことから、旧HPが、著者の佐伯一麦氏のHPの関連リンクに登録されていました。懐かしい想い出ですね。

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