岡本喜八✕押井守?今夜、最前線は北ではなくソウルにある!12.12粛軍クーデターの闇を暴く力作『ソウルの春』

基本情報

12.12: The Day ★★★★
2024 スコープサイズ 143分 @TJOY京都(SC11)

感想

■1979年10月、独裁者朴大統領が暗殺され、「ソウルの春」が訪れたと思った矢先、年末に全斗煥が陸軍内の私的組織「ハナ会」を中心とするクーデターを計画、参謀総長を拉致し、息のかかった精鋭の空挺部隊をソウルに進軍させようと企む。。。

■という話は、全部実際にあったことで、事件の顛末は基本的にノンフィクション。参謀総長から全斗煥の暴走を抑えろと命じられた首都警備司令官が、最後まで反乱軍を鎮圧するために孤軍奮闘するが。。。

■とにかく登場人物が多い上、字幕も多く、名前と肩書を追うのに疲れるけど、お話の基本線は単純で、クーデターは成功するのか、鎮圧は成功するのかというサスペンスで、でも、基本的に史実を知っていれば、結末はあらかじめ分かって観ているはず。本国ではそうして観られて、大ヒットした。

■個人的にはあえてまっさらに近い状態で観たので、単純にハラハラしましたよ。国境の最前線から精鋭部隊を抜いてソウルに集結させるヤバい展開とか。いま最前線は国境ではなくソウルにある!反乱軍派の第2空挺旅団は幸州大橋を渡るのか、第8空挺旅団はこれに対抗できるのか?このあたりのせめぎあいは、素直にワクワクするし燃える。でも、歴史に残る通り、この事件の結末は非常に苦いもので、韓国ではこのあとも軍事独裁政権が続くことになる。だから、面白すぎる軍事サスペンスも、最終的には悲痛な軍歌で収束される。「前線を行く」という純粋な軍歌らしいけど、軍事独裁路線を阻止できなかった痛恨の思いを歌っているように聞こえる。そのように悲壮に使われている。

■実際、ドラマには一般国民は基本的に登場せず、軍人だけの世界で展開する。だから、首都警備司令官も一般の国民代表というわけではなく、あくまで真面目で朴訥な軍人として、全斗煥の、軍人にあるまじき権勢欲や邪悪な企みやを素朴に憎むという構成になっている。一般国民からみれば、どっちもどっちかもしれない。という、含みを残しもする。監督としては、首都警備司令官の私利を離れた朴訥で誠実な仕事ぶりに、韓国人(の男)としての矜持を見出しているだろう。

■監督のキム・ソンスは明らかに岡本喜八の『日本のいちばん長い日』を参照しているだろうし、それ以上に押井守パトレイバー2とか、それを踏まえた金子修介ガメラ2などを観ているだろう。まるでそっくりな戦車カットもある。

朴正熙暗殺事件前後の軍事独裁暗黒時代(?)を描く映画は近年盛んに作られているけど、そのなかでも、いちばんストレートな表現になっていると思う。その分、取っ付き易い。変に韓国的な泥臭い笑いを入れないのも、本作では良かった。というか、個人的には好物なのでそれはそれで楽しいのだけど、時間に収まらないよね。(それでも国防長官のシーンにいい塩梅にそのエッセンスがあって、的確に笑わせる。)


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