2022 初恋の悪魔(全10話) ★★★☆
■坂元裕二の2022年のドラマで、基本的に若い視聴者(たぶんM1、F1層)向けの作品。なので、配役も年齢層が若めで、警察が舞台、ミステリとかゲームとか謎解きの要素が多めに絡まるけど、そこは坂元裕二なのでいわゆるありきたりの定食ドラマではなく、かなりジャンルが錯綜している。
■そのため当初はちょっと、どこに行くのか見当がつかない。ふつうのコミカルなミステリードラマ?そんなわけないよねという展開で、掴み所がない。それでも軽快に転がしてゆくから、見始めると止まらない。実際、10話イッキ見でしたね。その意味では十分おもしろい。世評の高い『Mother』より良いのではないか。メインスタッフが同じなんだけどね。
■仲野太賀の優秀な警官だった兄(毎熊克哉が好演)を殺した犯人は誰か?地元で起こる青年が被害者となる連続(?)殺人事件の犯人はだれか?という引きがあり、松岡茉優の二重人格に絡まるメロドラマはどうなるのか?といった脇筋が絡まり、いくらなんでもあれこれ混ぜ過ぎだろうと思うのだが、実際の主筋は林遣都のアウトサイダーとしての孤独感、疎外感がどう解消されるのかというところにある。そこはさすがにぶれてなくて、ふつうの人と違った孤独な生まれつきを持って、社会の中に適応できない人間(アウトサイダー)の、なかなか痛々しい心理をしっかり描きこんでいる。林遣都はちゃんと成長して、初恋を成就するけど、その相手はすぐに消え去る仮想の人格(蛇女)だったという、切ない話。
■なので、そこは良いんだけど、問題はそれを林遣都が演じるので、キレイすぎるところだ。林遣都ではどう考えてもふつうにモテモテにしか見えないので、アウトサイダーの哀しみを体現するのは困難だ。むしろ、それに絡む怪しい隣人の安田顕のほうが、そうした役柄はお手の物だろう。実際、本作の安田顕は八面六臂の大活躍で、登場するだけで画面が引き立つし、緊張感をもたらす。なんというか、本とか演出の思惑を超えて、変な色気や気配や胡散臭さを主に顔面から発散するから、こんな便利な役者はいない。しかも、かなり器用でなんでも上手いから。
■一方で、柄本佑はかなりもったいない損な役回りで、完全に脇を固める(だけの)役どころ。ああ、勿体ない。対して途中でサプライズ登場する満島ひかりが圧倒的な存在感で、レギュラー陣を撫で斬りする。レギュラー陣の若手が完全に霞んで見える。そうそう、優秀で生真面目な刑事を演じた毎熊克哉は良い個性で、地味な風貌が刑事のリアリティを感じさせる。『光る君へ』でも非常に重要な役どころを演じた。
■本作は2022年夏期の放映で、最終回の台詞などからも、明らかにロシアによるウクライナ侵攻(同年2月)を踏まえたテーマ設定がなされていて、最終回のやや唐突な以下の台詞はまさにそんなニュアンスを色濃く伝えている。例えば、林遣都の成長を示す以下の台詞。
「生まれついて猟奇的な人間なんていません。仮にいたとしても、僕たちはその理由を考えることを放棄してはいけない。人を殺して当たり前なんて人間はいないんです。特別な存在じゃない。殺人犯はみな僕たちの隣人です。愚かな隣人です。理由を探すべきだ」
それに”耳かき問答”の台詞。
「世界中、たくさんの暴力はあるし、悲しいことはあって・・・。ぼくが生きてるうちに、それがなくなることは ないかもなって思います。でもね、ひとに できることって、耳かき1杯ぐらいのことなのかもしれないけど。(中略) いつか・・・いつかね、暴力や悲しみが消えたとき、そこにはね、ぼくの耳かき1杯も含まれてるんだと思うんです。大事なことは、世の中は よくなってるって信じることだって」
■本作は、なんとあの傑作『大豆田とわ子と三人の元夫』の次の作品で、視聴者のターゲットによってニュアンスを変えて書き分ける坂元裕二の職人芸は大したもんですね。素直に感心しました。