戯曲レビュー:あの政権下での電波停止発言に義憤炸裂!永井愛の社会派ホラー『ザ・空気』

ザ・空気

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NHK大河ドラマ『光る君へ』て面白いですね。あれは大河なのに大石静の生きの良い作風が生きていると感じますが、もともと大石静は演劇出身で、二兎社に所属していました。というか、永井愛と一緒に立ち上げたのです。その後、大石静はテレビ界に移行しましたが、永井愛はずっと演劇界で活躍を続けて、二兎社の代表として硬派な演劇を書き続けています。

■2017年に初演された『ザ・空気』は、2016年の安倍政権下の総務大臣による電波停止発言に衝撃を受けて書き下ろされた。テレビ報道番組の編集をめぐる圧力と忖度を描いて、社会派ホラーともいわれるヒット作です。まあ、ホラーといってしまえば、あの政権下の日本自体が結構ホラー空間だったわけですね。いまなら、「減税メガネ」とか「恩着せメガネ」なんて言ってもあまり不安にならず、普通に日常生活を送れますが、当時の首相に対してそんなこと言うと、報道業界ではリアルに命の心配がありました。という話。どんな時代やねん。思い返しても、本当に異常な時代でした。

■「公平公正な放送を望む国民の会」とか、アニメ声の電凸「まりんちゃん」の暗躍は、報道現場にとってホラーでしかない。そう描かれる。政権から距離を置こうとした伝説の良心的アンカー桜木は行き詰まって自殺した。その現場である会議室に入ると、自己規制と忖度と保身で汲々とするマスコミ人はなぜか息苦しくなるのだ。そんな呪いは、報道の良心を残す者たちを、逆に追い詰めてしまう。会長に直訴に行った今森編集長は、桜木と同じようにふらふらと身を投げる。。。敵だけではなく、旗幟を鮮明にしない、心の揺れるものまでを呪いに巻き込む、ジャーナリストの良心に殉じた男の呪怨。確かに、これは怪談なのだ。『鴎外の怪談』も傑作だったけど、永井愛の怪談愛はどこからくるのだろう?

■二年後、憲法改正があり、自衛隊国防軍になっている。「さようなら。あなたといるだけで危険なの。もう二度と連絡しないで。」かつての妻は、いまや経営陣に収まり、生き延びた今森に冷たく告げる。おれたちは負けたのだろうか。まだ、その結論は出ていないはずだ。

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