おれの名は透明人間一世!恐怖支配の始まりだよ『透明人間』

■HGウェルズ名作選、こんどは『透明人間』ですよ。映画は観ていたけど、原作小説は初めて読みました。小説としては『モロー博士の島』よりも上出来だと思うけど、SF小説としての要素は控えめで、コメディと活劇要素が意外に多い。映画も半分くらいはコメディだったけど、原作由来でもあるのだ。そして、19世紀末の時代風俗の描写がいい味。でもSF的な思索性としては意外にも『モロー博士の島』が勝るなあ。

■三冊の秘密ノートをめぐるオチは秀逸だし、透明化実験をめぐる疑似科学的なロジックの部分はSFとしてさすがに読ませる。映画版では完全にオミットした部分だけど。でも逆に、映画で印象的だったあの場面やあの展開は映画オリジナルだったのかと感慨深い。

■みえないけど存在する意思。みえない存在がもたらす物理的変化と疑心暗鬼と心理的恐怖。それはこの世界を恐怖で支配することを可能とする。姿はみえないけど、現実に存在する。あるいは存在するとみなが思うこと。それが恐怖支配の源泉だ。でも考えようによっては、それって神のこと?あるいは悪魔なのか?小説はなんとなく仄めかすだけで、それ以上は追求しないけど、もったいないなあ。

■なにしろ小説は、恐怖支配の理念と妄想を高らかに謳い上げたとたんに透明人間は死んでしまうけど、SF小説としては、本来はその恐怖支配の始まりと終わりの顛末をこそ描くべきだったかもしれない。物足りないといえば、そこが一番物足りない。

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