弱小ナイキの逆転劇!そして凡人にも五分の魂『AIR/エア』

基本情報

AIR/エア ★★★★
2023 ヴィスタサイズ 分 @イオンシネマ京都桂川

感想

アディダスコンバースに劣後する存在だった1984年のナイキ社では、バスケットボール部門のテコ入れにどの選手と契約するかを議論していたが、責任者のソニーが若手のマイケル・ジョーダンの資質を見抜くと社内を説得にかかるが。。。

■バスケットボールにもナイキのシューズにも何の興味もない非体育系の観客が観ても、創立間もない頃のナイキ社のビジネス映画として観ることができて、お話はシンプルそのもので展開に奇をてらったところもないし、派手なCGもないけど、ちゃんとすべてが腑に落ちてドラマを観た満足感を味わえるさすがの良作。脚本がよくできているのは確実だろうし、ベン・アフレックの演出も凄い。どや凄いやろ!的なケレンはなしで、一見地味だけど、ドラマの仕掛けと構築が見事なので安心してカタルシスに導かれる。こんな演出見ると、日本のテレビドラマの演出のあざとさのインフレがバカに見える。まあ、じっさいバカっぽく見えるように(視聴者のレベルにあわせて)演出しているんだけど。

■まだ注目されていないマイケル・ジョーダンが実はチーム内で次のホープとみなされていることを見抜くソニーの眼力がまず第一幕のキモで、次なるハードルは契約を勝ち取るためのプレゼン戦略になる。ここは科白劇の見せ場で、いかにもハリウッド映画らしい見せ場だし、マット・デイモンが見事に演じる。不摂生な中年太りのおやじ役を的確に演じるので、ジェイソン・ボーンより良いと思うね。

■クライマックスのダメ押しのエピソードも見事なもので、もちろん史実どおりなのだろうが、その決着でナイキ社CEO役のベン・アフレックがさらっと見せ場をさらうのも上手い。ナイキ社の社是をモチーフに展開してきて、「俺はこうして起業したんだ」に決着する見事な構築。一見頼りない変人CEOだけど、締めるところはバシッと締めて決断できる男。それが起業家ということなのだ。

ヴィスタサイズだけど、ヨーロッパヴィスタサイズでスタンダードに近い画角。しかも顔のアップが多くて電話場面も多いので、ほとんど喋ってばかりの地味な映画。でも場面構成や構築が紛れもない王道のアメリカ映画なので、ホントに脚本がよく出来ていれば、プロの役者はちゃんと演技するし、派手な映像とか凝った映像は要らないのだ。

■でも、当時はやったブルース・スプリングスティーンの「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」がベトナム戦争を描いた歌詞であることを持ち出したり、唐突に真珠湾攻撃を命令した日本の天皇は側近に恵まれなかったのだとか、妙に戦争(敗戦)の話を盛り込む。

■実際、マイケル・ジョーダンは「不在の中心」一種の真空地帯として描かれ、その映像表現はハリウッド映画におけるキリストや日本映画における昭和天皇の描き方に似ている。プレイヤーとして描かれるスポーツ映画ではないからだ。そしてそのママが神の代弁者として登場し、賢明な契約を導き出す。マイケル・ジョーダン天皇に、その周囲の人間を側近たちに擬えて描いているのだ。

■君は後世に語り継がれる存在だが、俺たちは死ねば忘れ去られるだけだ。マット・デイモンはそう言う。だけど、神の恩寵を受けた者を支える側近たちが賢明かどうか、精一杯努力をするかどうかで新しい価値を生み出すことができるし、世の中は変わるのだと訴える。だから、バスケットボールやスポーツに何の興味もなくても、凡人たるわれわれの心の琴線にガンガンと響くのだ。

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