なにか面白いことないか?上京娘が出逢った痴情の果て…『残酷おんな情死』

基本情報

残酷おんな情死 ★★★
1970 スコープサイズ(モノクロ) 86分 @アマプラ
企画:今戸栄一 脚本:山崎厳、下川正 撮影:安藤庄平 照明:土田守保 美術:川原資三 音楽:眞鍋理一郎 監督:西村昭五郎

感想

■日活末期の残酷おんなシリーズ第二弾!ということでよろしいでしょうか。第一作は前年の『残酷おんな私刑』で、本作が第二作。といっても、それほどヒットしたわけでもなさそうで、積極的にシリーズ化という雰囲気でもない。なにしろ前作は女番長シリーズと謳われているから、全く路線が異なる。でもこれが意外に見どころのある低予算の小品で、西村昭五郎としては結構な意欲作だと思う。この人は真正面から活劇の人じゃなくて、職人にしてはちょっと視点がひねくれていると思う。だから気の行く脚本が来ないと調子が出ないのではないか。そしてロマンポルノ路線のなかでたまたま指向が開花したということか。人生って、わからないものですね。

■なにか面白いことを探して上京したチエだが、東京の夜の享楽も彼女の乾きを満たなさい。でも秘密の仮面乱交パーティでカップルになった謎の女との一夜だけは忘れられず、正体不明の彼女との再会を望むのだが。。。というお話なので、お話は完全にロマンポルノで、モノクロじゃなければ、そのままロマンポルノの番線でリバイバルできたかもね。とにかく真理アンヌが脱ぎまくるのが凄い。こんなに脱ぐ人だったのか。でもちょっと増村保造の女性映画を思わせるところもあって、意外にも上出来なレズビアン映画なのだ。

■主演のチエを演じるのは大堀早苗という人で、大柄でスタイルが良いので70年代ファッションが見栄えがするが、演技的には未熟。一方の真理アンヌは持ち前のどすの利いたハスキーボイスで、不機嫌そうに高級娼婦を演じて見ごたえがある。ぶっきらぼうに感情を込めずに台詞を読む演技は完全に増村保造の映画そのもの。西村昭五郎は師匠が中平康で、中平は増村保造とは同時代に並び称された人なので、多分意識はしたはずだろう。きっと、何本かは映画も見ていたのではないか。その意味では、大堀早苗は狂言回しに見え、真の主役は真理アンヌに見える。というか、クレジットでは真理アンヌが主役なので当然そうなのだが、お話は大堀が転がすから、まさに狂言回しなんだな。

■真理アンヌには組がつけたお目付け役のチンピラがいて、岡崎二朗がこれを好演する。真理アンヌを大堀早苗に持っていかれて、情けなく取り残されるその頼り投げな寂しげな表情が絶品。もともとはジャズのラッパ吹きだったが、今や落ちぶれて娼婦のお守り役。西村昭五郎はよほどのジャズ好きらしく、本作も眞鍋理一郎がジャズテイストを炸裂させる。小品なのに、音楽映画の印象が残るほど楽曲が豊富。サントラ盤があっても不思議でない。こんな低予算の小品になんでそんなに頑張ってるのかと不思議なほど。

■真理アンヌを大堀早苗が追い回す後半が見どころで、演技的に未熟でも演出で見せきるスタイル。ラフなモノクロ撮影も実に良い。停車中の車内で商売する真理アンヌを真っ暗な路上でじとっと見つめる大堀の姿が、対向車のライトに浮かび上がる怖い場面なんて、最高だ。夜間ロケなのでライトもほぼなしで、ポイントだけ補強するスタイルだけど、モノクロ撮影の威力は秀逸。

■終盤は死に場所を求める二人が彷徨うシーンなのだが、脚本的にロジックが弱いのが残念。二人は何によって追い詰められるのか、その意味付けが不十分で、なんとなく浜辺の廃船の火事に巻き込まれてしまう。このあたりには、同性愛に耽るものは天罰により滅びるべきだという当時の倫理観が反映していると思う。映倫の審査対応という気もするところだ。もともと、当時流行りつつあったフィーリング映画のタッチを狙っていて、ロジカルな作劇を意図していないフシがあるが、増村のレベルを目指すなら、テーマをもっと鮮明にして、脚本のブラッシュアップは必須だった。

■あまりにマイナーな映画なので、アマプラの配信原版もさすがにリマスターではなく、上映用のポジプリントをスキャンしたもので、ロールチェンジのパンチ穴が見られるし、黒味も曖昧に滲みがち。実際のところ、相当な低予算映画なので照明設計なども雑なのだが、リマスターすればもっとぱきっとシャープに生まれ変わるよね。意外にセンスの良いフィーリング映画で、しかも70年代なのにモノクロ撮影というのも貴重なので、日活さんには是非お願いしたいなあ。
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