ボビー・フィッシャーを探して

ボビー・フィッシャーを探して(1993)
(SEARCHING FOR BOBBY FISCHER)

感想(旧HPより転載)

 街頭でチェスをする黒人と出逢ったことで、チェスの才能を開花させた少年は、天才チェスプレーヤーのボビー・フィッシャーの再来と噂され、あっという間に全国大会にまで出場するようになるが、負けることで父親の愛情を失うことを怖れて、スランプに陥る。スランプを脱出するためには、自分自身だけでなく、同じように父親も成長する必要があった・・・

 「レナードの朝」や「シンドラーのリスト」の卓抜したストーリーテリングで知られるスティーブン・ザイリアンが脚本とともに初監督を手がけた作品で、非常に良心的な良くできた劇映画。些細な出来事を的確に物語化してゆく話術が冴えまくっているのはいつものことだが、初監督とは思えない演出手腕に驚嘆する。

 なにしろ撮影監督にコンラッド・L・ホールを迎えたことが大きかったようだ。この映画を観れば、今時の普通のハリウッド映画の撮影など所詮大量生産的規格品にすぎないことを思い知らされるだろう。映画の撮影というものがどれほど豊かなイマジネーションと感受性を要求する作業であるかということを改めて思い出させてくれる、まさに目から鱗を剥ぎ取るような芸術的キャメラワークなのだ。

 カナダで撮影されたこととどの程度関連があるのか知りようもないが、ロケーションと思われる街頭チェスのシーンで濃密なゲーム空間を作り上げるフォーカス設定と木漏れ日の造形の素晴らしさ。ロケーションのはずなのに、逆にステージ撮影のように環境条件を完璧に制御した技術スタッフの手腕は並外れている。

 また、逆にステージやロケセットでのフォーカスのボケ味を生かして年端も行かない少年のゲームに賭ける気迫や怯え、戸惑いや健気さをキャメラワークによって引き立てるための空間造形はとうてい平凡な撮影監督の真似できる境地ではないし、主人公の家の中を切り取る構図、浅いフォーカス設定、そして絶妙なライティング、すべてが常軌を逸した精妙さで、まさに絵画的な審美性と映画的や躍動感を併せ持った神業とでもいうべき偉業を成し遂げている。コンラッド・L・ホールはこの一作を持って映画の殿堂入りを果たすに違いない。

 「カラー・オブ・ハート」で豊かな官能を香り立たせたジョアン・アレンが一歩距離を置きながらも少年を無条件に受け入れる母親を慈愛豊かに演じきりとびっきり素晴らしいし、ベン・キングスレーローレンス・フィッシュバーンといったくせ者たちがこれまた文句無しの妙演。なんと「カラー・オブ・ハート」ではジョアン・アレンの夫を演じたあのウィリアム・メイシーが髭モジャ親父で出演しているではないか。

 惜しむらくは、劇場のスクリーンで観たかった!
(2000/10/21 ビスタサイズ LD)

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