感想(旧HPより転載)
青函トンネルの開通に執念を燃やす国鉄の技術屋に高倉健が扮し、隧道堀りの大ベテランに森繁久弥、居酒屋に勤めて主人公をそっと見守り続ける自殺未遂の女に吉永小百合を配して、大方の予想通りの物語をまさにそのとおりに演じきる東宝創立50周年記念映画。
森谷司郎とは「赤頭巾ちゃん気をつけて」や「初めての旅」といった瑞々しい青春映画でコンビを組んだ大ベテラン脚本家で、どちらかというと繊細で文学的な作風を持ち味とする井手俊郎を担ぎ出すあたりに当時の東宝の制作体制の混乱がうかがえるし、井手俊郎の仕事としてはお世辞にも誉められたものではない。
青函トンネルのスケールの大きな難工事を「黒部の太陽」(未見だが)風のスペクタクルとして描くのではなく、本抗に先立つ先進導抗の開通をもってクライマックスとした、土木学的及び地質学的な技術的映画として描き出そうとする側面はどうも「日本沈没」での経験をふたたび利用しようとする意図があったものとみえ、高倉健の青函トンネル掘削にかける信念は小林桂樹演じる田所博士の姿を彷彿させ、滝田裕介に「”科学的直感力”とやらですか」と揶揄されてしまう始末。しかし、そうした理系的サスペンスはもちろん映画として結実していないのだが。
なんといっても見所は全盛期の木村大作のキャメラが描破する大自然の中でのロケーションにあり、「ホワイトアウト」の雪山ロケーションなど子供だましに過ぎなかったことが明白となる。やはり、こうした困難なロケーションを成功させる独特の映像的センスに関しては、この時期の木村大作というキャメラマンを侮ることはできない。「やはり野におけ木村大作」といったところか。
ただし、自ら手がけた特殊撮影シーンは、巻頭の洞爺丸沈没のカットなどアマチュアの8ミリ映画並の演出で、仮にも東宝創立50周年記念映画としては泣くに泣かれぬ誤謬ではないだろうか。その後も先進導抗での大量出水のシーンなどにミニチュアワークやブルーバック合成が使用されていたものと推測されるが、こうした部分はそれなりの水準を保っている。
思えば、高倉健と小林稔侍が、掘って掘って堀りまくる映画で共演するとは意味深長すぎるキャスティングではなかろうか?
(2000/10/19 ビスタサイズ BS2録画)