これが映画監督田中絹代の真価か!早すぎた女性映画の傑作『乳房よ永遠なれ』

基本情報

乳房よ永遠なれ ★★★★
1955 スタンダードサイズ 110分 @アマプラ
企画:児井英生、坂上静翁 原作:若月彰、中城ふみ子 脚本:田中澄江 撮影:藤岡粂信 照明:藤林甲 美術:中村公彦 音楽:齋藤高順 監督:田中絹江

感想

■なんとなく難病メロドラマだろうという印象しかなく、全くマークしていなかったが、何気なくアマプラに入っている(!)のでいちど観ておくかと観始めると、途中から姿勢を正して観ることになりました。という隠れた傑作。明らかに早すぎた、攻めすぎた女性映画の傑作。映画監督としての田中絹代が、小津や成瀬の薫陶を踏まえて、自分自身の資質を発見した、かなりの問題作で、野心作。

■本作は、早逝の女流歌人中城ふみ子の特異な半生を描いた実録映画なのだ。全く予備知識無しで観たので、それだけで意外だったが、もちろん大幅に脚色はされているものの、この映画の凄さは本人の壮絶な生き方に負っていることは確かだ。

■夫婦生活に恵まれないふみ子(月丘夢路)は子どもをつれて実家に戻り、短歌の同好会で頭角を表しはじめるが、密かに慕っていた同級生(森雅之)は突然病死し、じしんも乳がんが発見される。乳がんは切除したものの、がん細胞は肺に転移し、余命わずかと言われる病床にありながら、最初は興味本位だった東京の新聞記者(葉山良二)と次第に情を深めてゆく。。。

■驚嘆するのは、実際に死の床にあったふみ子は新聞記者と病室内で情を通じており、その状況が新聞記者によって書籍化されたということ。それが本作の原作で、よくもこんな機微な実話を映画化したものだと感心する。実際、新聞記者の末期がん患者に対する接し方は、今のリテラシーではありえないもので唖然とする。

■しかし、ただ実際にあった事実の衝撃をどう映画的に描くかというところが映画監督の腕の見せ所で、本作の場合は脚本も優れているが、映像表現において卓越している。日本映画全盛期のことゆえ、技術スタッフも特に指示がなくてもそれぞれの創意工夫でレベルの高い仕事をこなしてしまうところがあるが、それにしても、カット割りとか編集には監督の意向が大きいだろうし、的確できめ細かい心理描写も、ある部分では成瀬的でもあるが、主人公の激しい情欲に寄り添った終盤の演出には目をみはるものがある。

■終盤は乳がんが肺にも転移して重傷者病棟で展開するが、一般病棟との間の渡り廊下を象徴的に生かした演出や、様々なライティングで同じ美術装置から幅広い演出的な表情を生み出した美術や撮影の取り組みとか、病院から抜け出して女ともだち(杉葉子)の家で入浴する場面の緻密なカット割りによる複雑な心理描写など、とても並の映画監督のわざではない。ふみ子の実家の奥行きの深い家屋の立体的な捉え方や、その中での芝居の出し入れについても成瀬ゆずりといったモノマネを遥かに超えた名演出を見せる。脇役に徹した大坂志郎も持ち味を十二分に発揮している。

■そして主演の月丘夢路という人も、なかなか謎の人で、宝塚出身の美人女優で松竹でトップ女優だったのに、露骨に共産党色で塗り固めた『ひろしま』にノーギャラで参加し、本作では肌の露出や女性の情欲を積極的に演じることに躊躇しない。さらに後年の『白夜の妖女』でもヌード撮影が行われたという。(泉鏡花の『高野聖』の映画化で、昔、東京で観ているが、かなり退屈な幻想映画だったという印象しかない。キレイなリマスターで見直してみたいなあ。)当時のことゆえ、相当に意識高い系の大胆な女優だったようだ。旧弊なメロドラマに飽き足りないものを感じていたのだろう。このあたりは今後の研究を俟ちたい。
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■結果として、本作は平凡な女性が最終的に迎える意志的な死と、その直前のむき出しの欲動を、ハードボイルドの域まで突き詰めるという離れ業を成功させた。正直、1955年の時点でこれほど激烈な女性像を描いてしまうと、それだけで一般の反発を食らったことだろう。そのことが映画の過小評価を招いた可能性がある。増村保造が1960年代以降に到達する境地に一足先に足を踏み入れているし、その映画的な表現の洗練ぶりはちょっと観ている方が動揺するくらいだ。
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参考

▶女性映画監督としての田中絹代の再評価が始まっています。最初に感心したのは大作『流転の王妃』でしたが、『お吟さま』も実はかなりの意欲作だった気がします。ただ、スペクタクルな大作は任ではなかった気がします。
maricozy.hatenablog.jp
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松竹のスター女優、月丘夢路が何故か映画『ひろしま』に参戦!意識高い系タカラジェンヌ!?
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