地味だけど”滋味”に富む幻の母もの映画『朝霧』

基本情報

朝霧 ★★★
1971 スコープサイズ(モノクロ) 96分 @アマプラ
企画:大塚和 脚本:堀江喜一郎、柏倉敏之吉田憲二 撮影:横山実 照明:吉田一夫 美術:坂口武玄 音楽:小杉太一郎 監督:吉田憲二

感想

■東京から故郷の福井に戻った母娘。母親(八千草薫)は夫の戦死後東京で世話になり、今は福井に戻って零落している男、広田(宇野重吉)を慕いつつ、広田と結ばれなかったことを後悔しながらも胸の病に倒れる。そんな母を汚いと罵った娘(和泉雅子)だが、今際の際に広田と再会させようと雪の街に飛び出す。。。

■というお話で、いわば母もの難病映画。しかも、1968年に撮影され完成したものの何故かお蔵入りし、日活がロマンポルノに転向する直前に突然お蔵出しされて封切られたという謎の多い映画。よほどできが悪かったのかと勘ぐったけど、全然悪くない。吉田憲二の映画は初めて観たけど、ロケ主体でしかも敢えてモノクロ撮影で、非常にリアルに撮られている。まあ雪の情景はロケなくして成立しないからね。

■たしかにエログロとヤクザ映画全盛の1968年の日本映画にしては、良心的ながらおとなしすぎて興行力には疑問があるが、八千草薫宇野重吉の純な関係など丁寧に描いているし、和泉雅子の演技も十分に引き出せているし、ロケとステージ撮影のつながりもスムーズだし、要所の決めの構図もバシッと決まるし、吉田憲二の演出はなかなかのもの。

宇野重吉も割と大きな役で、うだつの上がらない中小企業の親父(ただし昔は羽振りがよかった)を丁寧に演じている。その古典的な演出は今見ると実に気持ちいいのだが、1971年当時に観ると古臭いと感じただろうな。

■新人看護婦の和泉雅子を職業人として啓蒙する若い医師が杉良太郎で、これも清潔感があって男前の良い演技。大気汚染によるぜんそくが問題になっていた四日市塩浜地区で診療所を開業する先輩(鈴木瑞穂!)に感化されて、四日市ぜんそくの臨床研究に身を投じることになる。この四日市ぜんそくを扱ったことが1968年当時に何かのクレームを呼び、公開中止となったのではとの憶測もあるようだが、実際のところは当時のキネ旬でも当たらないとよくわからない。地味ではあるが、出来は良い映画だからね。

■公害の描き方としてもコンビナートの実景と台詞で言われるだけだし、四日市公害訴訟が進行中の時期とはいえ、それほど問題になるとも思えない。むしろ、東映にならってヤクザ映画路線を重視する番組編成の都合上、弾き出されたのではないか。企画が大塚和なので、むしろ公害問題の方に興味があり、劇団民藝での公害を扱った劇作なども視野に入れた企画だったかもしれない。

吉田憲二は1966年に『私は泣かない』という難病映画で監督デビューして、青少年映画賞文部大臣グランプリを受賞するなど数々の受賞歴を持つ、前途有為な新人監督だった。その後も難病映画を専門に(?)撮っていた人で、日活のロマンポルノ転向後はなぜかアニメ映画の監督に進出するという不思議な人。どうも嗜好が地味すぎて映画での活躍の場が限定されたようだ。勿体ないなあ。
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