子ども映画かと思いきや、都会は地方の犠牲のうえに成り立っていることを静かに告発する『女中ッ子』

基本情報

女中ッ子 ★★★☆
1955 スタンダードサイズ 144分 @アマプラ
企画:芦田正蔵 原作:由起しげ子 脚本:須崎勝彌田坂具隆 撮影:伊佐山三郎 照明:河野愛三 美術:木村威夫 音楽:伊福部昭 特殊撮影:日活特殊撮影部 監督:田坂具隆

感想

■そもそも日活製作再開時期において、田坂具隆は戦前の日活多摩川からのキャリアを持つ巨匠で、日活にとっては最重要監督だったので、完全に特別待遇で、上映時間に関する制約を受けなかったらしい。こうしたお話であれば、精々長くても2時間くらいという暗黙の了解があると思うが、堂々の150分映画ですよ。昔の映画界には特別超大作が3時間、文芸大作は2時間半というなんとなくの了解があったのだが、それにしても2時間半映画はそれなりに舞台設定が大掛かりでスケール感のある作品の場合で、後年の山本薩夫の映画なんかが典型的だけど、『傷だらけの山河』とか『白い巨塔』は登場人物も多く、お話の舞台設定も広いので、そりゃ2時間では収まらないよね、とみんな納得も得心もするわけで。

■しかも、後に撮った『陽の当たる坂道』はなんと209分という長大な作品になっているから、日活における信用は絶大だったようだ。確かに、『陽の当たる坂道』なんて、ちっとも冗長に感じないから大したもの。物語に必要とされる理想的な長さを確保できた最後の巨匠といえるかもしれない。贅沢な時代ではある。黒澤明だって、内田吐夢だって無理やりカットされたりして怒り狂っていたわけだから。

■お話は実に小さなもので、秋田の雪深い村から出てきて世田谷の裕福なお屋敷に半ば押しかけ女中として住み込んだ初という娘が、ひねくれ者の問題児で両親からも距離を置かれている勝美くんと親しんでいくが、拾った子犬を棄てられたことから勝美くんは家出して、帰省中の初の実家を目指すというもの。ほんとに小さなお話なので驚くんだけどね。

■女中ッ子と呼ばれるのは勝美くんなので、正味の主役は彼なのだ。だから本来は児童映画といえる。実際、クレジットも左幸子と二枚看板だ。でも稲垣浩などに比べると、子どもの描き方もシビアに見える。稲垣浩なら、もっと子ども寄りで、愛おしくてたまらないというタッチになって、珠玉作を生むが、田坂具隆はもっと大人なのだ。

■だから、拾った子犬を棄てられて家出する少年の成長を描くドラマと言うよりも、子どもを扱いかねている両親の未熟さをクライマックスに持ってくる。家出した息子を秋田まで迎えに来て、慣れない豪雪の中で転びまろびつやってくる両親の必死な姿が、事実上のクライマックスなのだ。

■しかも、その後に念入りなエピローグがあり、捨てられた子犬が戻り、伏線であった行方不明のコートが発見されて、非常に残酷な辛い結末を迎える。正直、田舎に帰る初を勝美くんが泣きながら追いすがるような、ありきたりな展開を想像していたので、不意打ちを食らった気分だ。稲垣浩なら、厳しさと同時にリリカルな叙情が必ず湧き上がってくるように演出するものだが、さすがに視線が厳しい。

■つまりは、加治木家に象徴される都会の生活はどこかよそよそしく、家族関係だって血が通っていない様子なのと対照的に秋田の雪国の生活が描かれ、自然環境の厳しさの中で助け合って生き抜いている様が描かれる。そして、苦々しいラストは、都会の人間は、地方の人間が敢えて恩着せがましく主張しないその奥ゆかしさや、地方の人々のその下支えの上で自分たちの日常生活が成り立っていることにも気づいていないことを静かに告発する。

■そして秋田の場面で異様に念入りに描かれるなまはげの場面の異様さと怖さも忘れてはならない。都会人が完全に地方の存在と犠牲を忘れ去ったときには、彼ら神の化身はきっと都会に現れるに違いないのだ。そう刷り込むための、入念な恐怖描写だったはずだ。

■勝美くんよりも山出しの住み込み女中を演じる左幸子が溌剌とした好演で、ひねくれた勝美くんが初の強靭な体力や優しさに親代わりとして親しんでゆくプロセスをじっくりと描きだす。特に、加治木家に押しかけての初日のちぐはぐなドタバタぶりを敢えて省略せずに、細密に描きあげたあたりが出色。だから2時間を超えてしまうわけ。

■ちなみに、1976年に西河克己森昌子主演で『どんぐりっ子』としてリメイクしているけど、脚本はちゃんと須崎勝弥が書いて、長門裕之南田洋子浜田光夫まで登場する日活映画同窓会と化している。もちろん上映時間は92分だ。


参考

『スクラップ集団』は田坂監督の遺作になりました。
maricozy.hatenablog.jp
『乳母車』は結構軽妙な快作でしたね。
maricozy.hatenablog.jp
にあんちゃん』は田坂具隆が撮る予定だったけど、広島原爆の被爆の後遺症で体調不良のため監督を降板し、今村昌平にお鉢が回ってきたらしい。
maricozy.hatenablog.jp

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