基本情報
暴れ豪右衛門 ★★★
1966 スコープサイズ(モノクロ) 100分 @DVD
製作:田中友幸 脚本:井手雅人、稲垣浩 撮影:山田一夫 照明:大野晨一 美術:植田寛 音楽:石井歓 合成:三瓶一信 監督:稲垣浩
感想
■舞台は16世紀戦国時代の加賀の国、そこでは前世紀末に浄土真宗中興の祖と呼ばれる蓮如の指導により一向宗(浄土真宗)の宗徒である百姓たちが一向一揆を成功させ、領主を追い出して百姓たちの共和国を打ち立てていた。庶民の力で武士の支配を取り除き、約百年にわたって加賀の地で民衆統治を行ったという、この加賀一向一揆の史実はそれだけで非常に興味深く、なんで東映で映画化しないのか、かねてから不思議だったのだが、意外にもその例がないのだった。
■東映は『親鸞』『続 親鸞』という映画を製作しているのだが、あまりヒットしなかったので、真宗は商売にならないと踏んだ、といった経緯なのかもしれない。というか、基本的に時代劇は「武士道憧れ」が基本にあるので、武士が百姓に負ける話は庶民が受け付けないのかもしれない。映画を観るほとんどの観客は武士ではななく、百姓の子孫であるはずなのに、だ。ホントに不思議なんだけど。
■そして、この映画はそんな時代背景を冒頭の字幕やセリフで曖昧に示しながら、加賀七党のひとつ信夫(しのぶ)の地の土豪(要は武装農民ですね)を主人公とし、侍を憎み、侍を根絶やしにすることを標榜する豪右衛門という豪放な乱暴者&指導者を主人公として、一向衆である(はずの)加賀七党を分裂させ百姓を一気に踏み潰そうとする朝倉家と次第に対立を深めてゆく。そのなかで豪右衛門と末弟の田村亮が世代対立を深めてゆき、そこを朝倉家に突かれて利用されることになる。
■この時期の井手雅人の脚本にははずれがなく、本作もさすがに活劇としてはよくできているので、ちゃんと楽しい。三船敏郎と佐藤允と田村亮の三兄弟の世代対立のお話で、最終的には田村亮の新しい世代が頭の古い三船敏郎たちを凌駕して次世代を継承してゆく話か?とおもいきや、無垢な若い世代は無惨に武家たちの政治的策略に利用されて果て、結局のところまだまだ俺たちロートルの剛力と死地を掻い潜った経験値がなければ世の中は動かないのだとばかりに、世代交代の可能性をあっさりと払拭して、まだまだ俺たちはやれる!この漲る力を見ろ!年寄りを舐めるな!と、三船敏郎や佐々木孝丸や富田仲次郎や上田吉二郎らのむさ苦しいおっさんたちが奮い立つという終わり方になっている。ホントですよ。ホントにそんな映画なのでビックリだ。
■ただ、これは東宝の意向だと思うが、東映なら抜かりなく点描するはずの庶民の生活実感の細部を欠いているのが弱点で、信夫の村の経済生活や生業などが抜け落ちているので、ただの漠然としたステロタイプな稲作農民にしか見えないし、そもそもどこで稲作しているのかも不明。なんカットか入れるだけでいいはずなのに。さらに、ロケ撮影が北陸加賀の地には見えず、どうみても御殿場にしか見えないのも惜しいし、夜間シーンの疑似夜景のつぶしがほとんど機能しておらず、明暗がちぐはぐになっているのは、マスター制作時の配慮が足りないだろう。東宝の場合、ネガからマスターを作るときに何故かつぶしの効果を無視するクセがあるのは、何でしょうね?
■また一番問題なのは彼ら加賀七党の者たちは基本的に多くが一向宗(浄土真宗)の信徒のはずなのに、宗教的なアイコンをほとんど見せないことだ。三船が南無阿弥陀仏と台詞で一言言ったり、旗印に南無阿弥陀仏と書かれていたりするけど、宗教色はほぼ取り去られている。これは東宝の社風というか、海外配給を意識したものだろう。世界の三船が大暴れというのが、キャッチフレーズで世界中に東宝映画が売れた時代だ。一方東映はもっとドメスティックだし、若いインテリ作家が意識的に虐げられた庶民の歴史を掬い上げたのと比べると、好対照に見える。でもそこがユニークで描いて欲しいところなのになあ。
■すでに東映では集団時代劇が連作され、時代劇の終焉が意識された時期に、敢えて稲垣浩はまるで日本昔ばなしのような牧歌的な時代劇を作った。脇役たちの演技は総じて定型的で、東映時代劇のようなモブの生活感のリアリティが欠けている。というか意識的にそうしている。でもそのことは多分、公開当時に古臭いと感じられたはずだ。老巨匠の手慰み程度という評価だっただろう。でも今見ると、逆に新鮮に観ることができる。牧歌的な、楽天的な時代劇はいいものだ。稲垣浩が作りたくて撮った『ゲンと不動明王』は、児童映画の傑作で牧歌的なタッチが尊い映画だけど、お話はリアルで、大人の事情とかお金の話しかしていないのと好対照なのだ。
■配役では、星由里子のお姫様は気の毒なほど類型的な描き方で、一方村娘の大空真弓は儲け役。武士の血を引くために、かえって信夫の村では豪右衛門にいじめ抜かれる、差別と被差別の構図の逆転を背負って生々しく生きる娘。田村亮の青春映画に向かうのかと思われたが単なる犠牲者になると対照的に、逞しく戦国の世を生き抜く生命力を熱演して、精彩がある。この役の描写は脚本も監督も力が入っているのがわかるし、この映画の美点のひとつ。
参考
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『ゲンと不動明王』は戦後稲垣映画のなかでも最高傑作のひとつ。
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時代は下って泰平の武士の世に加賀騒動も勃発!映画『加賀騒動』もかなりの傑作で、こちらは全く牧歌的でなく、ひたすらシリアスに奥歯がすり減るような心理的負荷をかける、サラリーマン残酷映画。世界中の組織人が嗚咽したとか、しなかったとか!?
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これも加賀騒動を描いた映画ですね。意外に見どころのある『武士の献立』
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『秘剣』は全く牧歌的ではない悲痛な青春映画。脚本の馬渕薫(木村武)の持ち味もあるかな。
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浄土系の宗教映画としては、こちらが真正面から親鸞のこころ(?)を描き尽くした傑作。『競輪上人行状記』ですよ。必見。
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