催眠

催眠
1999/ビスタサイズ
(99/6/5 京都宝塚)
脚本・落合正幸、福田 靖
撮影・藤石 修 照明・栗木原 毅
美術・清水 剛 音楽・ 島邦明
監督・落合正幸
 かねてより怪作と評判の高かった映画だが、なんと意外な快作なのだ。
 もちろん、落合正幸自身による脚本は原作を大きく逸脱して奇怪なイメージを奔放に散りばめることに専心しており、論理的な整合性には若干無頓着すぎる部分もあるのだが、同様な催眠暗示を扱った黒沢清の傑作「CURE」との差別化を図る意味でも、目先の新奇さに走った作劇は、この場合みごとに成功している。
 この映画に関してはさすがにネタをばらすのは気が引けるので具体的には書けないが、当初飯田穣治が予定されていた脚本を監督自ら手がけた真意は、フジテレビの意向によって骨抜きにされてしまった前作「パラサイト・イブ」の雪辱戦にあったことは、クライマックスを観れば容易に納得されるにちがいない。このクライマックスの皮肉の効いた痛快さには、思わず笑ってしまったほどだ。
 フジテレビの子会社である共同テレビが制作に協力しながら、東宝とTBSの提携作品であるという不思議な制作体制にも奇妙なねじれが秘められているようだが、こうした企画が堂々と東宝の番線に乗る背景には、「リング」の大成功が大きく貢献していることは明らかだろうし、何故か「踊る大捜査線」のノウハウまで広告代理店的な分析に基づいて取り入れられている節があり、相当過度に戦略的な映画作りが行われた形跡がある。メディアの持つ催眠暗示効果を揶揄しながら、この映画自体がそうした技術を援用して企画されているという自己矛盾を抱えているようだ。
 また、実際菅野美穂の演出には「リング」の貞子の影響が顕著だし、そのほかにも様々なホラー映画の記憶が映画のそこここに溢れかえっている。しかし、それが単なる内輪受けに止まらず、かなり強引な演出で過激に押し切ろうとする過剰さが、ホラー映画的な”怖さ”ではなく、アクション映画的な痛快さに結びついているようだ。
 そのことは宇津井健中丸忠雄といったベテラン俳優の起用の効果でもあるのだが、特にいまだに増村保造の指導を忠実に守って力一杯熱演する宇津井健の姿は感動的ですらある。しかも、あんなにあざとい見せ場が用意されているとは!参りました。「やるときはとことんやれ!」という通俗映画の教えを忠実に実行した落合正幸の演出姿勢は擁護されるべきだろう。
 しかしなんといってっもこの映画の見所は、いまやすっかり既知外女優となった感がある菅野美穂の怪演にとどめをさす。化粧品のCFでも不自然に裂けた口元(単純に口が大きすぎるのだ)のアップが怖すぎるのだが、今回も力一杯狂っている。しかもそれが取って付けたように見えないところが、怖い。正直言って映画の中の出来事や演技はちっとも怖くはないのだが、人智を超えた存在を容易に取り込みやすい菅野美穂のその特異体質が怖いのだ。
 思えば、「リング」でさえ人智を超えた存在の邪悪さを表現するためには人間の顔を隠す必要があったというのに、白塗りの菅野美穂はそうした映画の難問を易々と飛び越えてしまったのだ。ほとんど「四谷怪談・お岩の亡霊」の稲野和子の域に達しているのだから、恐ろしい。
 とういうことで、これは単なる味気ないサイコホラーなどではなく、スーパーナチュラルな邪悪の実在を描く正真正銘の怪奇映画なのだ。