感想
■手口のあまりの残虐さのために全国民を鬱状態に引き込んだ鬼畜の所業、埼玉愛犬家連続殺人事件だが、事件が正式に立件された1995年は阪神・淡路大震災、オウム真理教の地下鉄サリン事件と、歴史的な大事件が年初から続発し、すっかり連続殺人鬼のことなど吹き飛んでいたことを思い出した。園子温が『冷たい熱帯魚』で過激に映画化して、その手口の無残さに観客の心胆を寒からしめたことのほうが記憶に新しい。
■だが、起訴後の公判は紆余曲折をたどる。というか、そうであったことを初めて知った。この実録ドラマは、構成的には完全にNHKスペシャルの実録ドラマ路線を踏襲していて、まるでNHKのようだ。しかも製作はTBSのスタッフで、放映はフジテレビという、かなり異色の体制。しかも、ゴールデンタイムのお茶の間に死体解体の残虐絵巻を叩き込むという異様に攻めた編成。もちろん直接描写はありませんよん。それにしても、ねえ。。。
■事件はケンネルの経営者夫婦とその使用人の3人がそれぞれ責任を擦り合う、異なる証言をするという、『羅生門』スタイルで展開するが、終盤になって検察の司法取引という隠し玉が飛び出す。このあたりが、事件の顛末に明るくない、わたしを含む一般観客のはらわたをぐっと掴むドラマの肝で、面白すぎる。
■ドラマの核は女性の視点で、事件の真相をケンネル夫婦の妻の視点から再構成するという試みにある。妻は稀代の悪女で主犯だったのか、子どもたちを悪魔から守るための従犯だったのか?そこに事件の当事者に対する取材映像がはめ込まれて、ドラマは検察批判の色彩を呈する。
■正直あまり期待もせず、なんでいまどきこんなエグい実録ドラマを、しかもBSではなく地上波で?という疑問ばかりが浮かんだが、これは意外にも真摯な社会派ドラマなのだった。確かに、それゆえに地上波ドラマで流す意義がある。
■脚本の深沢正樹はさすがに大ベテランで構成が見事だし、特にドラマと取材パートの構築が大成功している。主演の水野美紀は刑事役で狂言回しなので損な役どころだが、ケンネルの妻を演じた内田理名はなかなかの覚悟を感じさせる。あえて派手な見せ場はないのだが、藪の中の真相を静かに提示する。第三の男としてケンネルの実質使用人を内田朝陽が演じて、これも印象が深い。桁違いの狂気を孕むケンネルの経営者が鶴見辰吾で、これは実に気持ちよさそうに快演。ただ、底抜けの異常性までは表現できていない気はする。