日本の黒い霧?いや問題は報道のセンセーショナリズムだ!山村聰の監督第二作『黒い潮』

基本情報

黒い潮 ★★★☆
1954 スタンダードサイズ 113分 @アマプラ
企画:高木雅行 原作:井上靖 脚本:菊島隆三 撮影:横山実 照明:藤林甲 美術:木村威夫 音楽:塚原哲夫 監督:山村聡

感想

■昭和24年、下山事件(映画では秋山事件)が発生、それは国鉄総裁の自殺事件だった(映画ではそう断定的に描く)。だが、死の真相を巡って、自殺説と他殺説がスクープを競い合い、興味本位の報道が加熱する。主人公の速見(山村聰)は予断を挟まず淡々と事実だけを報道すれば良いのだと拘るが、会社の上層部は他社の動きも睨んで旗幟を鮮明にするよう迫る。ついに警察では自殺説で統一されるが、直前に発表が中止される。。。

■実際に下山事件については、当時労組の大量首切りをGHQに強要されて神経衰弱に陥った自殺説と、労組による殺害というでっち上げで労組を弾圧しようとする他殺説が拮抗したが、こんにちではGHQのG2主導で、下部組織の亜細亜産業を使った謀略事件という説が有力となっている。ただ、この時点では原作者の井上靖は自殺説をとり、脚本の菊島隆三もそれに沿っている。でも、菊島隆三は後年に熊井啓の『謀殺・下山事件』ではGHQの謀略による他殺説(自殺を偽装)を絵解きしているから、なかなか興味深い。よほどこだわりがあったのだろう。

■主人公の速見がなぜにそこまで見込み報道を嫌って、事実だけの積み重ねに拘るかというところに、本作のユニークさがある。過去に、妻が流行歌手と心中していて、その際の報道が興味本位で大衆の下世話などす黒い関心を引こうとするもので、その二の舞いだけは避けたいという動機があるのだ。真実よりも興味本位で人の不幸を覗き見ようとする大衆の「黒い潮」に抗うことが、彼の存在意義となっていたのだ。なぜなら、妻は自分を嫌って逃げ出したのではなく、愛しながら死んだことを確信したから。ここのところの心理の綾は、いかにも文学らしいところだけど、山村聰の演出手腕ではいまいち腑に落ちない。でも、主人公がそう直感的に感知したことはわかるから、ラストでやっぱり自分は妻を今も愛していると告白する場面が、結構感動的で、映画としてはウェルメイドなのだ。

■とにかく新劇俳優総出演の配役がすごくて、滝沢修千田是也東野英治郎と大物ばかりだけど、信欣三と河野秋武が若手記者の大役で熱演する。河野秋武はこの頃の定番で、やたらと熱い正義漢で、憤りまくる。対する信欣三も熱いけど、なにしろ滑舌が悪いので、台詞が怪しいこと。速見を慕う戦争未亡人の津島恵子は短い出番ながら、クライマックスで熱い想いを吐露する場面は上出来で、見ごたえがある。それに対して、速見は自分はまだ妻を愛していると告白する。切ない。。。

■それと同時進行で進む報道部の打ち上げの宴会場面も傑作で、報道はうまくいかなかったけど、とりあえず打ち上げだ!が、速見の転勤(左遷)の送別会に変貌するというやるせない設定も実にリアルだし、櫛の歯がかけるように三々五々上司から消えてゆく流れも、リアルすぎて辛い。速見をかばいながらも、一方では会社の編集方針に従えなかったのは失点だから失地回復したいと実は願っている山名部長(滝沢修)の微妙にブレる判断なども、非常にリアルで身につまされる。宴会の場でみなが本音をぶつけ合う様も、昭和あるあるな情景で、山村聰が総合的には負けだけど、その時々の報道内容は事実で間違いなかったじゃないか、だからそれでいいんだから、と切々と真情をぶつける場面も、泣かせるよなあ。

■映画では、冒頭で総裁の死は自殺であると明確に描く。豪雨の夜に総裁が列車に飛び込む場面はカットを割らずに1カットで描く驚きの特撮カット。撮影の横山実はトリッキーな撮影が得意な印象があるけど、これには驚く。合成撮影には金田啓治が絡んでいるかもしれないが、この時期にはまだ日活にいなかったかも。あまりに自然なのでびっくりするよ。ちなみに『ゴジラ』の公開された年です。


© 1998-2024 まり☆こうじ