基本情報
海底から来た女 ★★★
1959 スコープサイズ(モノクロ) 76分 @アマプラ
企画:高木雅行 原作:石原慎太郎 脚本:石原慎太郎、蔵原弓狐 撮影:山崎善弘 照明:熊谷秀夫 美術:千葉一彦 音楽:佐藤勝 監督:蔵原惟繕
あらすじ
■避暑地でヨットを駆るブルジョア少年(川地民夫)は、ヨットを血で汚し生魚を食いちぎる不思議な娘(筑波久子)と出逢い、娘は夜な夜な別荘の寝室に通ってくるようになるが、その頃漁村では漁師が怪死し、村と因縁のある鱶の化身の仕業だと騒ぎ始める。。。
感想
■石原慎太郎の原作小説『鱶女』は結構有名な怪奇小説で、今でもなんとか入手して読むことができる。しかも脚本は本人が書き、監督の嫁さんで元女優の宮城野由美子が補筆している。モノクロで低予算の小品だが、意外にも関係者の熱意が感じられる異色作。
■お話の風情から言えば怪奇幻想映画になるはずで、『キャット・ピープル』よろしくヴァル・リュートンタッチで、怪奇な陰影の乱舞が怪奇な叙情をもり立てるはずなのだが、そもそも日活は怪談映画や怪奇映画には不慣れで、スタッフにそうした伝統や素養がないので、まったく怪奇映画らしくない。でも、そのことが夾雑物を剥ぎ取って、物語の青春映画としての骨格と肉付きを顕にして、意外な成功を収めているから貴重。これが大映や東映なら、怪奇映画らしい陰影の強い照明効果や、雰囲気描写でもっと泥臭く立派な怪奇映画的ルックになったはず。なにしろ中盤は牡丹燈籠だからね。
■主人公の川地民夫が虚弱な裕次郎みたいな位置づけで、太陽族らしく派手好きで女好きの兄に比べて内生的でナイーブな少年。原作では17歳だ。海から上がってきた野生の娘に簡単に籠絡される純な少年(青年?)を好演する。主人公の心理的な変貌が自然と納得できるように構成され、青春期独特の痛みが胸に迫るリアルな演技を引き出しているから感心する。ヨットに対する一種性的な偏愛は原作小説のほうが顕著で、このあたりの要素は西村昭五郎の『帰ってきた狼』がうまく受け継いでいる。
■特撮が皆無というのも意図的なもので、肝心のクライマックスも視覚効果で直接的に見せるのではなく、魚妖を仕留めた漁師たちの述懐によって間接的に描くことに成功している。普通なら、インサートカットで、凄惨な殺し合いを描くところだが、何しろ漁師たちが浜村純、草薙幸二郎、山田禅二、横山運平といった面々なので、映画的というよりもむしろ演劇的な演出を選択し、割台詞の芝居だけで、世にも不思議な怪異と死闘の様が描かれる。その効果絶大なことによって、それを聞かされる主人公と観客の心情は完全に一体化する。つまり、演出の大成功というわけだ。
■ただ一般的に傑作と言われないのは鱶女を筑波久子が演じたことで、原作では「野性的な少女」という設定なのに、映画ではヴァンプにしか見えない。この配役の無理が最大の欠点だ。でも、人間に化身するほど年を経た女鱶なのだから、少女の姿というのも無理があるかもしれない。
■加えて大きな変更は神経衰弱の小説家の扱いで、小説では最終幕に精神病院に入院中の身として登場し、海上で眼にした鱶に変ずる少女の怪異が幻でなかったことを知って一気に快復するという愉快な展開になるが、映画では入り江を彷徨っているうちに主人公と再開する。でも、ここで良い台詞がアテられているので、劇中の役割としてはやはり大きいのだ。
■石原慎太郎の原作だから当然といえば当然ながら、海とヨットと浜辺の映画で、実は『狂った太陽』以下の日活青春映画の王道に位置する映画なのかもしれない。ホントなら80年代のにっかつでリメイクすべき企画で、池田敏春が撮れば傑作になったことだろう。半裸の少女も原作通りにそのまま描けたはずだ。なぜか1980年に土曜ワイド劇場で東宝が『恐怖の人喰い鱶 鱶女』(真野田陽一の特撮あり!)としてドラマ化してしまったのだが、日活がやるべきだったよ。
参考
▶海とヨットと渚の映画たち!これが日活映画の王道なのだ!
maricozy.hatenablog.jp
maricozy.hatenablog.jp
maricozy.hatenablog.jp
maricozy.hatenablog.jp
▶こちらに原作小説「鱶女」が収録されていますね。知らんかった。