■楳図かずおの『赤んぼ少女』を遂に読みましたよ。でもタイトルが違います。もともとは1967年に『赤んぼ少女』のタイトルで週間少女漫画誌に連載され、1969年に秋田書店から出すときに『のろいの館』に改題したそうです。その後の文庫等は『赤んぼ少女』に戻ってますね。
■『のろいの館』はお馴染み成長しない少女タマミの悲哀を描く怪奇ロマンで、映画版『赤んぼ少女』の残念な部分の原因がはっきり理解できた。原作では最初は赤んぼの姿で登場して、その特異なキャラクターを徐々に明かしてゆく作劇になっているのだね。這い這いしかできないのかと思えば、すっくと立って歩きだすし、急に流暢に言葉を話し出すし、そのあたりの奇怪さと可笑しみが原作漫画の優れたところなのだ。だから『蛇娘と白髪魔』の方がタマミの怖さによく迫っている。
■しかも、タマミは姿形は赤んぼのままなのに、知性は大人で、美しいものや幸福に嫉妬する歪んだ性格も大人のものだ。そして、話せるがゆえにクライマックスの生い立ちの哀しみが胸に迫る。主人公は健康で美しい葉子ではなく、どこの誰が生み捨てたのか定かでない、この世界全体に唾棄された、呪われた子タマミなのだ。しかしその怪異な姿とこの世界で善とされるものへの嫌悪と呪詛は時代を超越して深い悲しみを普遍的に投げかけてくる。
■後半に登場する探偵趣味の高校生が実に良い感じで、ご都合主義的に立ち回ってくれるのが楽しくて最高ですよ。映画化するならこういうところをぬけぬけと見せ切らないと!まあ現在のドラマツルギーではバカにされるところだけど、演出で押し切らないと突き抜けた笑いと痛快さは生まれない。映画版『赤んぼ少女』では斎藤工が同様の役回りをよく演じたが、原作の方が良いよなあ。
■それにしても楳図かずおの筆致のエロさには感嘆するなあ。主人公というか、狂言回しじゃないかと思うけど、葉子ちゃんの幸福そうなラストカットの絶妙な右腕のポーズとか肉付きの柔らかそうな曲線とか、なんですかね、この筆遣いの色気は。当然のことながら、気がふれた母親の艶々した黒髪のほつれ毛とか、定石ながら大変な艶っぽさですね。
■同時に収録されたもう一編の『怪談』は、雪山の山小屋で吹雪を避ける5人の男女が眠って凍死することを避けるために順に自分の経験した恐怖体験を語るという百物語スタイルの怪奇ドラマで、個々のエピソードには元ネタがあるが、楳図かずおらしい天才的な着想が盛り込まれた正統派の怪奇ロマン。
■牡丹燈籠を下敷きにして何者かの精が男のもとを訪れる話も、実にいい味の捻りだし、雪女を下敷きにした「生きている雪」の物語りも、小屋の戸の隙間から吹き込む雪が積もって次第に人が伏した姿に変化してゆくプロセスをたっぷりとした筆致で描くあたりが、もう名人芸で、雪女の伝説の翻案は多数あるが、傑作の部類だろう。
■いまのVFX技術があれば、ほぼそのままオムニバス映画化できるだろう。この漫画自体が、60年代の初出時に怪奇オムニバス映画が流行っていたから、その線を狙ったものだろう。
参考
maricozy.hatenablog.jpmaricozy.hatenablog.jp
maricozy.hatenablog.jp
具体的に訳は言いませんけど、とにかくだまって観るべき映画。コレット=セラのサスペンス映画の出世作。ラストは未公開バージョンのほうが凄いと思うけど。母親役のヴェラ・ファーミガの色っぽさも楳図的かもしれないなあ。
maricozy.hatenablog.jp