タマミちゃん、空を飛ぶ!『赤んぼ少女』

基本情報

赤んぼ少女 ★★☆
2008 スコープサイズ 104分 @DVD
原作:楳図かずお 脚本:小林弘利 撮影:岡雅一 照明:松隈信一 美術:福田宣
特殊美術監督西村喜廣 VFXスーパーバイザー:鹿角剛司 監督:山口雄大

感想

■お馴染み、楳図かずおの代表作がついに堂々の映画化。昭和35年、孤児院から南條家の豪壮な洋館にやってきて戦災で生き別れた父母に再開するヒロインが、屋敷に住む謎の赤ん坊の気配に慄く怪奇映画。

■のはずなんだけど、印象としてはひっそりと公開されてそのまま忘れられてしまった映画という感じ。鶴田法男の『おろち』と同年に公開されているのだが、本作はさすがに赤ん坊少女タマミというフリークスの設定がデリケートなため、日本国内よりも海外公開を主眼に制作されたのではないか。

■意外に製作費のかかった制作規模の大きい映画なんだけど、映像のルックが何故か昔々のVシネマみたいで、いかんせん安っぽい。造形物やVFXはかなり手が込んでいて、決して不出来ではないし、特にVFXによる物語世界の拡張は大成功していて、湯浅憲明の『蛇娘と白髪魔』の特撮にくらべるとさすがによくできている。

■肝心のタマミの描写も容赦なくストレートで、VFXがなければ表現できない俊敏な動作で主人公たちを襲撃してくる。ラストの洋館の炎上場面もミニチュア撮影は行われていないようだが、かなり良くできていて、炎の表情など、さすがにすべてCGではないだろうと思うが、実写素材も使われているのだろうか?このあたりの怪奇、残酷描写は西村・鹿角チームの機動力が遺憾なく発揮されて見ごたえがあるから、退屈ではない。

■しかし、いちばんの問題はどう考えても脚本にある。昭和35年という時代設定の面白みが全くないし、そもそもヒロインのドラマが成立していない。おまけに明らかに冗長だ。その原因は台詞による直截な表現を避けた脚本の作風にある。そもそも、昭和35年なんて時代背景にするのであれば、昔の日本映画のように、残酷な背景や心情をストレートな台詞で表現すればいいのだ。そうすればドラマの展開ももっと早くて味付けも濃くなる。それを可能にするための時代設定じゃないのか。

■実際のところは原作通りの台詞を書くと今日色々と機微なハレーションを呼びそうなので、婉曲的にマイルドな表現をとりました、ということだろうが、南條夫婦の”心の地獄”やヒロインの父母への思いが全く伝わらないのでドラマ的には見どころがない。一方『蛇娘と白髪魔』はいかにも説明的ではあるものの、それらがちゃんと盛り込まれていて、妙に高尚な(とって付けたような?)テーマ性までどしどし台詞で押し出して物語を強引にまとめ上げてゆく。スマートではないものの、これこそが60年代の濃厚作劇というものだ。

■また『蛇娘と白髪魔』と比べていちばんの弱点は、タマミが怖くないことで、確かに気に入らない大人たちを血祭りにあげるその手筈は鮮やかで残虐なものだが、『蛇娘と白髪魔』の赤ちゃんではない少女タマミの怖さには到底及ばない。マスクが張り付いたような表情の動かない=心が死んだ、”白い顔”の怪奇映画的イコンとしての怖さも凄いが、赤ちゃんタマミと違って言葉による心理攻撃の怖さは大人が観てもゾッとする。というか、大人になって分かるリアルなサイコパスな怖さ。まあ『蛇娘~』はタマミ以外のキャラクターが混じっているので、狙いが違っている訳で、もはや比較は成り立たない気もするが。

浅野温子の蛍光色の唇の色とか、その夫が何故に野口五郎とか、国内で大規模公開できる配役の粒立ちではないのだが、例によってこの時代の斎藤工くんは律儀にというか物好きに被虐的な二枚目を好演してますよ。まさかあんな目に合うとはねえ。。。


参考

これ中古で買ってしまった。昔々のその昔、小学生の時分には怖すぎて表紙をみるだけでも震え上がった。今は昔のものがたり。。。こちらは同年公開の傑作。今となっては忘れられた映画。勿体ないなあ。
maricozy.hatenablog.jp
こちらもなかなか捨てがたい味のある怪奇ファンタジーの小品。でもここでのタマミちゃんの怖さは折り紙付き。
maricozy.hatenablog.jp
maricozy.hatenablog.jp

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