東宝特撮迷走の軌跡『ゴジラ東宝チャンピオンまつりパーフェクション』

■『ゴジラ対メカゴジラ』の初期検討稿である『大怪獣沖縄に集合!残波岬の大決斗』が載っているのが貴重。たぶん、まだ福島正美のアイディアは入っておらず、関沢新一も作詞業が忙しくて原案だけで脚本を書いてくれないし、馬渕薫はすでに仕事やる気が失せてるしで、仕方なく福田純がみずから検討稿を書いている。
■前作の『ゴジラ対メガロ』でも、予算もスケジュールも貧弱なため頼める人がいないので福田純が脚本を書いているが、本作はさすがに検討稿を書いてみたもののあまりに退屈なので、福田純が自ら山浦弘靖に助っ人を依頼している。東宝映像の製作担当者とか文芸部ではなく、監督がみずから電話で依頼したというのも実に謎。当時の東宝映像の製作体制の脆弱さをうかがわせる。そもそもなぜ山浦氏に目を付けたのかも謎。当時は活劇要素の強い円谷プロの『ジャンボーグA』のメインライターだったから、これを福田純が眼にしていたのかもしれない。そして、福島正美のアイディアを盛り込んで山浦氏が脚本を書いたところ格段に面白くなっているから大したもの。
■そもそも『大怪獣沖縄に集結 残波岬の大決闘』はゴジラの本格的な登場が終盤までないというアンバランスな構成で、おそらく福田純は『流星人間ゾーン』の延長線上で発想していたに違いない。それなら上原正三とか武末勝とかに頼めばいいものをなぜか自分で書いてしまう。このあたりは福田純は自身でプロデューサーも担当していた経験があるから、田中友幸と共同プロデューサーといった役回りだったのかもしれない。
■この後、福田純は(あるいは田中文雄か?)『火焔人間』『透明人間対火焔人間』などの企画開発では東映掛札昌裕に依頼するし、復活ゴジラだってこの人に声がかかっている。この当時の東宝映像の企画映像の企画開発は謎ばかりなのだ。東宝映像には文芸担当がなく、各プロデューサーが適宜個人的に知り合いの脚本家に声をかけていたのだろうか。今後の研究に期待したいところだ。
(追記)2019/10/1
■考えると、東宝映像って、そもそも映画製作は主業務ではなくて、特撮を使ったCMとか博覧会映像等の特殊映像を受託することを目的とする会社なんだよね。東宝が5つの会社に分社化した際の建前は、東宝映画や芸苑社は映画製作を続行するが、東宝映像はそれらの映画に特撮技術を提供することはあっても、自ら映画を製作するなんてことは想定していなかった。日本映画斜陽の時期なので特撮大作なんて想定できないし、CMとか博覧会映像のほうが明らかに潤沢な予算を持っているから。しかし、社長が田中友幸なので当然映画を作りたくなるし、ゴジラを作りたくなるので話がややこしくなったのだろう。そもそも映画を企画したり製作する体制になっていないから人材もいないので、田中友幸の親しい人脈で企画開発をやりくしするしかない。福田純がひとりでいろいろと企画開発している印象なのも、そうした背景によるのだろう。その後東宝映画と東宝映像が組んだ『日本沈没』が歴史的な大ヒットを飛ばしたことで、東宝映像の本来のあるべき姿とは異なるが、いち独立プロダクションとして売れる映画を東宝本社に供給してくれて互いに大いに儲かるのであれば悪い話ではない、というふうに事実上追認されたという形ではなかろうか。

参考

関連書籍としてお薦めしますよ。田中友幸は『日本沈没』を関沢新一松林宗恵で作りたかったらしいとか、驚愕の新事実が明るみに。

仁義なき日本沈没―東宝VS.東映の戦後サバイバル (新潮新書)

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