この世界の片隅に ★★★★

この世界の片隅に
2016 ヴィスタサイズ 126分
イオンシネマ京都桂川(SC8)
原作■こうの史代 脚本■片渕須直
キャラクターデザイン、作画監督松原秀典 美術監督■林 孝輔 
監督補、画面構成■浦谷千恵 音楽■ コトリンゴ
監督■片渕須直

■『マイマイ新子と千年の魔法』で驚愕の高品質アニメを作り上げて、じわじわと評判を高めた草の根アニメ監督の片渕須直が、こうの史代の『この世界の片隅に』を映画化するという夢のような企画で、完成前から間違いなく問題作になることは約束されていたわけだが、完成した映画は、予想を上回る問題作であり意欲作である。
■『この世界の片隅に』は以前に北川景子主演でドラマ化されていて、その時にはちゃんと通常のドラマツルギーで劇化されていたのだが、今回は原作漫画の展開に忠実に構成されていて、通常のドラマツルギーとは異なり、テレビシリーズの再編集版ともいえるようなスタイルになっている。テレビ版のほうがドラマ化としては正攻法なのだが、配役と演出がまずかったことからどこに感動すればいいのか勘所のわからない作品になってしまったのだが、本作はドラマ的な中心は敢えて明瞭にせず、戦前から戦後までの主人公すずの辿った時間をある意味均等に描き出す。そのスタイルとアニメ表現は先鋭的である。
■テレビドラマ版は、さあさあここで泣くところですよ、と音楽が盛り上がり、編集のリズムは停滞するという、日本映画の風土病が顕著な演出だったが、本作はまったく真逆。カット尻にまったく余韻を残さない驚くべきテンポで物語は展開する。精緻なアニメ技術で描写された軍事シーンは、ミニタリズムの快感に酔いそうになる手前でカットされる。それは抒情的な場面でも同様だ。それは本作の意図的な演出であり、『マイマイ新子と千年の魔法』とも異なるアプローチである。
■おそらく木下恵介が生きていれば喜んで映画化してもっと泣かせる、もっと切実な映画になったろうし、山田洋次が撮っても重厚なメロドラマになったろう。ところが今回の監督が片渕須直であることから、原作重視の方針のなかで、自身のマジックリアリズムを生かした演出により、もっとふくよかで柔和な映画に仕上がっている。それは、姪の少女の死も自分自身の重い傷も絶望的で取り返しのつかない出来事という描き方ではなく、哀しみながらも運命を抱擁してしまう人間の営みを慈しむ描き方になっている。そこが原作から受け継いだ非常にユニークな視点である。
■最終幕になって唐突に原爆で母親を失った少女のエピソードが回想的に描かれたりするのも、エピソードの連鎖である原作をそのまま踏襲したものだろうが、通常の劇映画のドラマツルギーでは禁忌であろう。その意味では原作を先に呼んだほうが深く味わえる映画といえるかもしれない。
■まあ、とにかく技術的には日本アニメ映画の最高峰であることは確実で、『君の名は。』とは違う方向性で恐るべきアートな技術力と表現力を見せる。それを映画館でボンヤリとため息を漏らしながら眺めるだけでも至福だが、ボンヤリ観ていても主題とそのユニークな扱い方の凄さは体感することができる。それに秀逸な夫婦映画でもあるよ。

(二回目鑑賞)
■京都ではかかったとしても京都シネマの小さな、ホームシアターに毛の生えた程度のスクリーンだろうと思っていたので、イオンシネマ京都桂川のウルティラスクリーンで観られるのは本当に行幸。この映画こそ大スクリーンで観ないと値打ちがないい。できればもっと爆音な上映でもいいくらい。
■二回目の鑑賞でいろんな部分がやっと腑に落ちてきた。公式ガイドブックも少し読んだし、原作も上巻を読んだので、細部の繋がりが明確になってきた。それによって、一層感動が深まった。一回目よりも感動したよ。一回目では唐突に感じた敗戦の日の慟哭も、二回目のほうが心に響く。この場面は原作にあった直接的な台詞を微妙に削ってあって、正直原作通りのほうがより理解しやすいのだが。
■この映画は女性の生活史の視点から昭和と戦争を描くという試みで、原作はもっと技巧と手が込んでいるのだが、要は昭和と同じ年齢のすずさんが血を流し、大切なものを喪いながら大人になってゆく姿と昭和の日本(と日本人)が同じように大人になってゆく様を重ね合わせるという稀有壮大なドラマである。原作漫画は本当に驚くほど技巧的で実験的な表現を採用しているが、映画版は何といっても音楽とミニタリズムのリアリティで原作漫画を凌駕する。映画と原作漫画は相互補完的な幸せな関係になっている。映画で腑に落ちなかった細部は原作漫画を読めばかなり解消する。特に、遊郭の女リンは原作漫画では重要な登場人物だが、映画では時間の関係でかなり割愛されている。いわば、すずを大人の女に誘う存在でもある重要人物であり、この映画が女性映画であることを考えると、この割愛のせいですずさんの心の動きが見えにくくなっている。DVDが出るときには、きっと割愛されたエピソードが復活するに違いないし、予算が足りなければまたクラウドファンディングを利用すればいい。
■片渕監督は本作を明確に女性映画として把握していて、義姉とずずはバディであるという読み方をしている。でも、周作や哲とすずさんの心模様が映画表現としては非常に上出来なため、その狙いは少々わかりにくくなっている。義姉の演技設計的な問題もあって、最初の口調がきつすぎたり、後半でもニュアンスの表現が十分でない印象がある。声優陣には有名俳優ではなく演劇関係から起用されているようだが、このあたりは演技指導的な問題だろう。
■ただ、まだ十分に咀嚼できていない部分(特に後半)も多いため、あと一回は劇場で観たい。それにしても、映画版では晴美が不憫で不憫でやるせくて仕方ない。原作漫画ではもう少し幸せそうな印象だが、戦争の悲劇性を一人で背負っている感じがする。映画の冒頭で流れる「悲しくてやりきれない」はその悲劇を先取りしている。

参考

maricozy.hatenablog.jp

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この世界の片隅に 劇場アニメ絵コンテ集

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