『水俣・京都展』より:日窒コンツェルンの栄光と挫折

ベンチャーから新興財閥へ急成長した日本窒素肥料

■みやこメッセで開催中の『水俣・京都展』に出かけてきました。なんと1996年から全国各地を巡業(?)しているのですね。それがついに京都に来たということです。水俣病については、それなりに知っているから、あまり新しい観点はないかなと思ってましたが、逆に企業側について興味が広がりましたね。

チッソて、単純に「公害企業」というイメージで、なんとなく九州地方の化学会社というぼんやりしたイメージだったのですが、以下の本を読んで戦前からの巨大企業であることを知りました。しかも、朝鮮半島で戦前、戦中に大躍進したあと、敗戦で資産を没収されて仕切り直しになり、内地に引き上げて創業の地である水俣が拠点となったという経緯も。

日本窒素肥料(日窒)は敗戦後の財閥解体で、旭化成積水化学信越化学工業などに分割されたわけですが、マツダの前身東洋工業も日窒財閥が発祥だったとか。化学工業は膨大な電力を要するので、まずは水力発電所を開発してから工場を作るスキームを繰り返す(「シーソーゲーム」とも)という巨大産業。その時代に土木工事を請け負って急成長したのが、道路やダムなどの公共工事に強い西松建設

■そもそも日窒は、野口遵という技術者が立ち上げたベンチャー企業で、特許をビジネスに活用した先駆者とも言われる人物。その後、朝鮮半島に進出すると、その性格が「起業家」から「政商」に変じて、日本政府の朝鮮統治政策と一心同体で、急成長して日窒財閥となる。知らんかったけど、三井、住友、三菱といった大財閥と伍するくらいの規模を誇ったのだそう。単なる地方企業などではないのです。なにしろ戦前からの巨大財閥なので、中央権力の人脈にも血縁を張りめぐさせるわけで、実はこの国の中央とはまさに骨絡みの企業。国家の血であり肉である企業だった。単なる化学屋ではないのだ。そう認識する必要があるわけですね。

■でも、敗戦で大半の資産を失って、本土に拠点を再整備するが、もともと植民地でその土地や資源や人間を思い通りに搾取して利益を上げた成功経験が骨身にしみついているから、水俣の土地に工場を構えても、地元の海や漁民など、気持ち的には取るに足りない存在だった。文句言ってきたら、警察などの強権を頼んで黙らせればいい、いざとなれば諸々コネもある政府に泣きつけばなんとかしてくれるという、植民地経営方式をそのままイメージに温存していたことは想像に難くない。なにしろ、戦後に朝鮮の日窒興南工場から主要な経営陣が「進駐軍」のように移行してきたところだから。それゆえに、水俣病の対応に誠実さを欠くのは当然の帰結だったと。根本に差別意識があったことは間違いないところでしょう。そのことは展示内容にもわかりやすく図示されていて、あれは有意義だった。

朝鮮半島で発生した「興南病」は水俣病だったのか?

朝鮮半島での化学工場(朝鮮窒素肥料)は当然ながら公害を引き起こしています。なにしろ、植民地なので、なんの遠慮もなく、水俣以上に廃液は流し放題だったと思われます。「興南病」といわれる奇病が報告されていて、同定はされていないけど、水俣病同様に有機水銀によるものだろうと推定されています。ただし、このときは、工場の従業員の中で発生しています。

■この時点で正確な分析や対応が取られていれば、のちの水俣病はなかったかもしれませんが、なにしろ公害などという概念自体が生まれる前の、いまの水準からみれば野蛮な時代、しかも植民地の出来事となれば、不都合な出来事は見て見ぬふりをする、なかったことにするわけですね。
www.asoshiranui.net

日窒(朝鮮窒素)は朝鮮半島で原爆を完成させていた?

■これは水俣問題と直接の関係はないので、展示には含まれませんが、日窒(朝鮮窒素)では、興南(今の北朝鮮地区)で核開発研究を行っていたという話があります。1945年8月12日に興南沖合で巨大な閃光とキノコ雲が目撃されたという事件があり、核実験だったのではと囁かれたのは事実らしい。朝鮮戦争のさいに、中国やソ連が半島を南下して狙ったのは、この核技術だったという説すらあります。その4年後、1949年のソ連の核実験成功や、いまの北朝鮮核兵器の技術には、このとき日窒(朝鮮窒素)の研究成果や研究者から収奪した技術的ノウハウが使われているとか、いないとか。。。
agora-web.jp

■正直、話半分の眉唾物だろうと思いますが、小説や映画のネタとしては非常におもしろい妄想なのに、いまのところ誰も手を付けていないようです。早いものがちですよ!

日窒財閥の歴史をドラマ化してほしいなあ

■以上の通り、日窒財閥の勃興から衰退までの歴史は、近現代史的に非常に興味深く、多くの教訓も含んでいるので、ぜひ誰かドラマ化してほしいと思います。水俣病の発生以降の経緯と、創業者が起業家から政商に変貌してゆく経緯を並行して描くと、絶対に面白いはずです。ドラマなら原爆開発の怪しげな(?)エピソードも盛り込めますね。

■本来なら、NHK大河ドラマで1年がかりで描くだけの意義のある素材だけど、当然無理だし、民放地上波ではもっと無理なので、WOWOWあたりで企画してはどうか?WOWOWと組んだこともあるNHKの北野拓Pなら興味を持つはずだし、せめて2クールくらいでじっくりと描いて欲しいところです。できれば、韓国との共同制作でドラマ化できればベストだと思いますが。(韓国側はたぶんノリノリだろうし)

苦海浄土』の呪縛?

■あらためて、水俣病について考えると、どうも石牟礼道子のイメージが強くて、『苦海浄土』が真っ先に浮かんできて、なんだか過剰におどろおどろしい、民俗的な、文芸的(?)な印象が強烈で、かえって水俣病の教訓やイメージを限定してしまっている気がするのは、わたしだけでしょうか。偉大な作家であることは間違いないのでしょうが、正直なところ弊害もある気がしています。

■そのためにも、チッソ(日窒)という企業側で何があったのか、企業倫理とか、組織と人間の確執のあり方とか、労働者の良心の問題とか、そうした今のわれわれにも直接繋がるテーマ性の角度から水俣病を照射するノンフィクションやフィクションが必要だし、欲しいと強く思うところです。

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