明日への遺言 ★★★★

明日への遺言
2008 ヴィスタサイズ 110分
ユナイテッドシネマ大津(SC2)
原作■大岡昇平 脚本■小泉堯史、ロジャー・パルヴァース
撮影■上田正治、北澤弘之 照明■ 山川英明
美術■酒井賢 音楽■加古隆
合成■大屋哲男、田中貴志
監督■小泉堯史

■名古屋空襲の際にB29から脱出した米兵を斬首した東海軍司令官岡田資中将(藤田まこと)のB級戦犯裁判が開かれる。法廷を法戦の場と覚悟した彼とその米人弁護士(ロバート・レッサー)は、米軍による無差別爆撃の違法性を主張し、斬首は軍律に基づく略式裁判の結果であって、復讐感情による所業ではなく、その責任は全て司令官であった自分にあると主張する・・・

■原作が大岡昇平によるドキュメント作品なので、硬派な作品になることを期待したが、まさしく期待を裏切らぬ誠実な佳作である。東京裁判を描いた映画はこれまでも何作かあったが、本作は米軍による焼夷弾による絨毯爆撃の違法性を明確に打ち出した点で極めて異色であり、岡田資という軍人の責任の取り方に軍人の理想像を仮託し、藤田まことがそれを自在に演じ切ったという点で非常に優れた成果を見せる。

■正直なところなぜ藤田まことが?というのが大方の反応だったと思うが、結果的には大正解で、いかにも軍人には見えない藤田まことが、見事に理想的な軍人像を立体的に演じ上げて、その人間像に深い感動を誘うことに成功している。その昔であれば、三船敏郎、少し時代を下れば小林桂樹あたりが演じそうな役どころだが、藤田まことという意外な配役がこれほどに正鵠を射るとは驚きを禁じえない。それは単に軍人像としての理想像だけではなく、しかるべき立場に立たされ、困難な局面に追い込まれた人間の、精神力を振絞った戦いのあるべき姿とでもいうものを絶大な説得力をもって描き出している。その意味で、戦犯裁判に限らない、人間性の普遍性を訴えかけているといえる。

■証言席に登場するのが蒼井優田中好子といった芸達者たちで、特に無差別爆撃の実相を淡々と、しかし深い怒りを込めて語りかける田中好子が凄い演技力を示す。吉永小百合がやりたいのは、こうしたことなのだろう。「黒い雨」「ゴジラVSビオランテ」と立て続けに出演して、社会的問題に対する姿勢を明確にした田中好子ならではの名演であった。

■唯一、欠点といえるのは竹野内豊のナレーションで、ふわふわした腰の座らない発声が著しく説得力を殺ぐ。他のキャストが当代一流の芸達者揃いのなかで、芸の力の未熟さをひとり晒された格好である。まだ遅くはないから、奮起して精進せよ。何十年かすれば藤田まことの芸能力に少しは迫れるかもしれないぞ。

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