ソフィスティケイテッド・コメディの良作だけど、映画監督・田中絹代はそれで満足しなかったはず!『月は上りぬ』

基本情報

月は上りぬ ★★★☆
1955 スタンダードサイズ 102分 @アマプラ
企画:日本映画監督協会 脚本:斎藤良輔小津安二郎 撮影:峰重義 照明:藤林甲 美術:木村威夫 音楽:斎藤高順 監督:田中絹代

感想

■奈良の上流家庭で、母親のいない三人姉妹の末娘が気の合う男(長姉の亡夫の弟)と示し合わせて、次女をけしかけて旧知の若い男とカップルにまとめてしまうと、今度は東京に就職が決まった男と分かれることに。。。

■といういかにも松竹、小津的な、微温的な家庭劇だけど、実に細やかによくできたソフィスティケーティッド・コメディ。もともと新生日活は松竹から将来有望な若手人材をごっそり引き抜いて制作を開始したわけで、松竹の傍系ともいえないことはないのだ。

■特に杉葉子三島耕カップルをむりやりくっけてしまうあたりの喜劇センスはさすがにハリウッドテイストで傑作。実質的には北原三枝が主演で、一種のアイドル映画とも言える。カラッとしたコメディエンヌぶりは傑出しているし、その可憐さをさらっとナチュラルな演技として引き出した監督の演技指導は、やはり卓越していて凄いものだと思う。

■これが田中絹代の『恋文』につづいて第二作の監督作で、もちろん日本監督協会の肝いりの企画なのでサポートは受けているとしても、監督第二作としても、実に堂々とした完成度だ。スタンダードサイズの時代なので、縦方向、実際は奥行き方向に組まれた美術セットと人物の動きを効果的に使った画作りは、当時としてはオーソドックスな手法だろうが、妙に洗練されている。特に秀逸なのは、北原三枝がお手伝いさん役の田中に、お芝居で電話をかける、そのかけ方について細々と指導するダメ出しの場面で、監督と出演を兼ねるメタ構造の趣向が効いている爆笑の名場面。ちょっと出来過ぎくらいに洗練されたコメディ演出なので、観ている方が当惑するくらいだ。

■基本的に北原三枝のための映画という印象で、もちろん杉葉子にも見せ場があるが、不機嫌そうな表情が多く損な役どころ。彼女とカップルになるのがなんと三島耕で、東宝特撮映画の脇役しか知らなかったが、初期はこんな大役を演っていたのだ。とにかく北原三枝の演技と表情を的確に細かいカットに収めてゆく手腕は、たしかに並ではなく、しかも、北原三枝の演技の鮮度を保ちつつというのも、見事なもの。峰重義のモノクロ撮影も見事で、月夜の情景など作画合成を使っているはずだが、合成のクレジットもなく、しかも全く違和感がない。どこまでがロケ、疑似夜景で、どこからが作画合成なのか。

■しかし、こうしたいかにも古い人間像、家族像を描くことで、田中絹代が満足したのかどうかは、疑問に感じるところ。もちろん大巨匠の脚本にも企画にも文句は付けられないだろうが、次作の『乳房よ永遠なれ』を観てしまった後では、女の真実を描きたいという野心が満足したとは思えないのだ。

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