ボタンを掛け違えたのは誰か?あゝ事故物件!『スター・ウォーズ 最後のジェダイ』

感想

■なんとなく酷評しか目にしなかったので劇場では観なかったこの映画、シークエル三部作の最終作の劇場公開に駆け付けるためには避けて通れないだろうと、今更ながら観てみたけれど。。。これは確かに事故物件ですな。
■誰がライアン・ジョンソン呼んできたんだ?というレベルで脚本も演出も露骨に不器用。全くドラマが書けていないし、話術の愉しさも存在しない。前作はちゃんとローレンス・カスダンを呼んできて、語り口の愉しさだけで引っ張られた感があるが、本作のたどたどしさは好対照と言えるだろう。レイとルークの島での修行のやり取りなど全くひどくて、舞台設定の退屈さは前作からの引継ぎ事項なのでいたしかたないとしても、一体いつまでフォースについて彫り続けようとするのだろうか。そんな設定をいくら掘ったところで、何も出るわけが無いというのに、延々と何か意味ありげな空疎な展開が続き、ひたすら冗長。(もともと考えていないのだから)
■演出も妙に素人っぽくて、孤島のシーンなんて、ロケ撮影もあまりに貧乏くさくて夢がないし、なにかというと意味のない空撮カットを挿入して何がしたいのか意味不明だ。エスタブリッシュショットをVFXで空撮からシームレスに寄っていくみたいな紋切型の表現はホントに退屈で、何も考えていないに等しいから止めてほしい。ジェダイの島でレイとレンが空間を超えて会話を交わす場面の安易さにも驚いた。いまどきこんな安直な表現が許されるのか。。。なぜプロの脚本家を呼んでこなかったのか?
■おまけに何故かILMVFXが全般に冴えず、特撮スペクタクルの見せ方にも新機軸がない。すべてどこかで観たような映像ばかりなのだ。しかも見せ場のスケールが妙に小さい。スター・ウォーズなのにだよ!あり得ないよね!特にひどいのが宇宙空間での艦隊戦の演出で、スター・ウォーズの主役の一角たる宇宙船に対する愛が全くない。画角のとりかたも、妙に宇宙船を引いて撮るので、ディテールも質感も存在感もキャラクターも表現されていない。というか演出方針にそのつもりが全く無いようなのだ、驚くべきことに。それがライアン・ジョンソンの資質なのだろうが、頭を抱えるしかない。
■レイア将軍を護るため陽動作戦を志願するホルド提督(ローラ・ダーン)の見せ方にしてひどいもので、ほぼ棒立ちの状態で撮ってしまう。お姫様じゃないんだからね。お約束の特攻作戦は燃える見せ場なのに、そのための段取りが全くなっていない。
■レイ、レンとスノーク提督の対決シーンもお約束通りの燃える活劇が一瞬炸裂するものの、そもそもスノーク提督って、困ったことにCG感丸出しなので全く魅力がない悪役なんだよね。ホントに勘弁してほしい。大物俳優にそのまま演じさせた方がよっぽど効果的なのに。
■そもそもスター・ウォーズってちゃんと悪役が描かれたことはなくて、巨悪は基本的に書割的で、格下のダース・ベイダーとかの前線で戦う中間管理職的な騎士クラスが悪役の魅力の源泉という構図なんだよね。
■しかも、帝国軍の圧政の具体像、実情が描かれない。罪のない一般民衆がどのように苦しんでいるのか、世界の下層階級の苦しみが描かれないまま、将軍や兵士たちが言葉だけでレジスタンスと叫んでみても、ドラマは過熱するはずがないのだ。というところがスター・ウォーズシリーズの根本的な欠陥で、なぜか誰も手を付けないで、軍事組織の中だけでお話を転がすから切実さというものがはなから皆無なのだ。

スター・ウォーズ/最後のジェダイ  (吹替版)

スター・ウォーズ/最後のジェダイ (吹替版)

  • 発売日: 2018/04/25
  • メディア: Prime Video

参考

『フォースの覚醒』は意外にも痛快な活劇で、成功作だったのに。
maricozy.hatenablog.jp
『ローグ・ワン』は、なにしろ監督がギャレス・エドワーズなので、正攻法の活劇にはなるはずがないのです。でも『最後のジェダイ』とは違って、特撮スペクタクルとしてはかなり見応えがあったし、最後にあそこに接続すれば、誰も文句は言えなくなるというズルい映画。
maricozy.hatenablog.jp
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