『殺人の追憶』

基本情報

殺人の追憶
2003/VV
(2004/6/26 みなみ会館

感想(旧HPより転載)

 軍事政権下の韓国で発生した猟奇連続殺人事件を追う田舎のパク刑事(ソ・ガンホ)は勘と経験で事件を粘り強く追うが、見込み捜査と暴力、拷問による自供の強要という前近代的な手法で埒が明かない。ソウルから派遣されたソ刑事は事件を見直し、合理的なプロファイルにより捜査に新たな展開をもたらす。だが、拘留した容疑者はどれも見当はずれで、捜査陣には焦燥感と徒労感が蔓延してゆく。そんな折、ソ刑事が捜査で知合った女子高生の遺体が発見され、冷静だったソ刑事も徐々に変貌してゆく・・・

 ポン・ジュノ監督による実録犯罪映画だが、演出、脚本、演技、音楽、撮影すべてにおいて文句のつけようが無い傑作である。そもそも犯罪実録映画には佳作が多いのだが、その中でも優にベストの部類に位置するだろう。長編映画2作目で、34歳にしてこの境地に到達するとは、このところ活況を呈する韓国映画界から本当の天才が現われたという感じだ。

 我々の世代では「怪奇大作戦」の「かまいたち」のエピソードをただちに想起するのだが、ラストの戦慄は「セブン」の比ではない。同様の着想自体は誰でも思いつくのだが、ここにきて始めて完璧に映画的に物語ることに成功したと言えるだろう。人間の闇と時代の闇、政治の闇がどす黒く混ざり合って、韓国の犯罪史上例を見ない凶悪な犯罪が出来し、今も未解決であるという重みを十分に描きつくしながら、捜査にあたる人間、容疑者たちの行動の愚かさや醜さをおおらかなユーモアの中に描出するこの監督の器量の大きさは、やはり並ではない。日本映画にこれだけの振幅のある大人の人間像を造形することができる演出家がいるだろうか?

 冒頭からラストまでその絶対の存在感で映画を牽引するソ・ガンホの演技は世界レベルだし、反対にラストに向けて徐々に存在感を高めてゆく若手のキム・サンギョンも、ポン・ジュノの抜群の演出の成果もあって役得といえるだろう。この人、ちょっと上川隆也に似ているのだが。

 それにしても久しぶりに映画を観て眼から鱗が落ちる実感を味わった。日本からも映画やアニメから多大な影響を受けているというポン・ジュノという監督、しばらくの間はアジアの映画界の台風の目になることは間違いないだろう。日本映画にもこれくらいのスケールと馬力のある若手監督の登場が望まれることころだ。 

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