あれ松尾昭典ってリアリズムの人だっけ?の小傑作『人間狩り』

基本情報

人間狩り ★★★★
1962 スコープサイズ(モノクロ) 89分 @アマプラ
企画:浅田健三 脚本:星川清司 撮影:岩佐一泉 照明:安藤真之介 美術:中村公彦 音楽:鏑木創 監督:松尾昭典

感想

■なかなか尻尾を出さない悪党田口(小沢栄太郎)の口から15年前の殺人事件の緒をつかんだ小田切刑事(長門裕之)は、フサイという男の所在を訪ねて東京の町を駆けずり回る。そのとき時効完成まで36時間を切っていた。

■という、非常に地味な刑事ドラマで、ハードボイルド活劇ではない。以上のお話に、自分の女(渡辺美佐子)から切り出された別れ話のやりくりが並行して進む。明らかに日活リアリズム映画の系譜だが、監督はA面監督の松尾昭典。代表作と呼んでいい小傑作だ。ムードアクションなどの印象が強いけど、本来の体質はリアリズム路線の人じゃないかな。非常に丁寧な演出なので感心した。

■フサイという男の手がかりを手繰って熱海で証言を引き出す老婆を演じるのが北林谷栄で、お得意のおとぼけ演技で場をさらう。こうした事件で証言者を演じるパターンは多いけど、演者としては結構やり甲斐があるだろう。完全に独壇場になるからね。こうした地味でハードな映画でも細部でちょっとした笑いを加味するのが娯楽映画の定法で、非常に心理的な効果が大きくて美味しいところ。

■小田切は幼い頃の事件の記憶から異常なほど犯罪に敵意を燃やす刑事でありながら、逮捕した悪人の情婦とできてしまったという男。いつまでも死刑になったかつての男を憎む感情を女に投影して心の奥底で責め続ける小田切に耐えきれず別れようとする女を小田切はなんとか引き留めようとするし、小田切の唯一の親友である桂木(梅野泰靖)も、彼が人間らしくあるために、一緒にいてくれと懇願する。この作品では梅野泰靖が見せ場も多く、実に儲け役。役柄上、少し硬い演技だけど、星川清司の台詞もシャープだし、見事な名演技。同じ監督の『ゆがんだ月』でも神戸のヤクザ者をリアルに演じて怖かったけど、ホントにいい役者。

■一方で、探し当てたフサイ=房井は後添えと連れ子とともに、靴の修理を請け負って、ほそぼそと社会の片隅で暮らしている。近所でも評判の働き者で、連れ子たちもそれぞれ自立しようとしている。いまさら、時効間近の殺人事件を持ち出して、彼らの小さなしあわせと将来を奪うのは、本当に正義なのか?と自問することになる。彼の最終的な選択を描くのが本作のテーマで、駅のホームの夜間ロケも実にキレイに決まって見事。房井を演じる大坂志郎の老け役も名演といえる。現在の基準で考えるとコンプライアンス問題や法解釈や運用の点から疑問は多々生じるが、映画の力や俳優陣の名演の前には全く瑕疵に当たらない。

■房井の暮らす赤羽の駅近くの下町の長屋あたりのロケが見事なリアリズムで、よくロケハンして見つけてきたし、結構な分量のロケ撮影ができたものだと感心していたら、まるごとオープンセットだったので二度びっくり。非常に地味な小品と思って観ていたのに、美術セットは巨大だったというお話。当時の日活のスタッフワークの凄さを再認識した。岩佐一泉のモノクロ撮影も実に見事で、もともと日活のモノクロ撮影は他社を寄せ付けない独特の技術センスがあったようだが、本作も絶品。日活には姫田チームが君臨していたが、本作を観ると岩佐一泉も全く劣っていない。熊井啓が『帝銀事件 死刑囚』で組んだのも、こうしたリアリズム描写の素地があったからかな。

星川清司の脚本て、大映時代を中心に観ているとなんとなく違和感があるのだが、本作は見事なオリジナル作品。とにかく90分程度に全部ぶちこむために割りと直截に台詞でテーマを言ってしまうのがこの時代のドラマツルギーだが、テーマの解答そのものではなくて、観客に問題意識を投げかけるという手法。観客としてはわかりやすいうえに、映画館から人生のテーマや問題意識をお土産として持ち帰ることができたのだ。今日、その解答は映画の中で全部、台詞で説明してもらわないと観客から文句が出るらしいから、観客の映画を観るリテラシーの低下は著しいものがある。(といいながら、一部のアニメ作品などでは、極端に高いリテラシーと読解力が求められるものが普通に享受されているから、どこに平均値があるのか困惑するのだが。)

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