グエムル 漢江の怪物 ★★★★

2006 ヴィスタサイズ 120分
ワーナーマイカルシネマズ茨木


 漢江に発生した謎の生命体に娘を連れ去られた父(ソン・ガンホ)は、祖父、弟、妹の一家を挙げて、政府、米軍を出し抜きながら怪物追跡の狩を始めるが、祖父は怪物の犠牲となり、一家は復讐を決意する。だが、怪物によるウィルス感染を恐れる政府組織の介入で、一家は離散してしまう・・・

 重厚な傑作「殺人の追憶」のポン・ジュノがなぜか怪獣映画に挑戦した異色作だが、ポン・ジュノは商売抜きで巨大生物幻想資質の共有者であることが明らかになる通快作。

 韓国政府も米軍も敵に廻しながら、あくまで家族での追跡と復讐を志向する主人公一家のあり方に、リアリティよりも韓国人の国民性や韓国現代社会の寓意性を託しているようだ。子供の頃の貧困と栄養不足で、いつもうたた寝をしていて、兄弟からもバカにされている出来損ないの大人ソン・ガンホが政府に過酷な検査や脳手術(ロボトミー?)を受けながらも、まさに超人的としかいうしかない執念で娘を追い求めてゆく様は、コミカルでありながら、一種の神聖さを醸し出すに至るのは、ポン・ジュノの特異な演出手腕によるものだ。

 しかし、なんといっても、ポン・ジュノの怪物描写の筋の良さに驚嘆させられた。実際、漢江で巨大な未確認生物を目撃したと語る監督の実体験を踏まえて、広大な大河の日常的な風景の中に、体高3メートル、体長10メートル強という微妙な大きさの怪物を実にありえるようなさりげなさで描き出した場面は背筋がぞっとするほどのリアルな感覚を呼び覚ます。巨大生物幻視の資質が日常生活の中で呼び覚ます川面(や海面)への恐怖を、これほどまでに的確に映像化した怪獣映画は映画史的にいっても画期的といえる。もちろん、ハリウッド映画の開発した技術を援用しているのだが、場面構成、怪物の見せ方は、確かにスピルバーグに匹敵する天才を感じさせる。冒頭の、何気ない日常の河畔の風景に乱入するグエムルの見せ方は、誰しも悪夢の中でしか経験したことの無かったリアルな恐怖空間を完璧に映像化している。

 グエムルという怪物、その姿は、魚に2本足が生えたという冗談のような基本デザインなのだが、次々と人を丸呑みにする口元のいやらしさがポイントで、発達した尻尾を器用に使う設定が演出的にも巧く生かされており、怪獣の架空の生態を描きつくしている。

 ジュラシックな公園や密林の奥深くではなく、近所を流れる一級河川にだって未確認の水生怪物が潜んでいるのでは?いや潜んでいてほしい!絶対潜んでいるに違いない!という、おそらく世界中に何人も存在しているに違いない幻視者たちは皆、ポン・ジュノに先を越された!と歯噛みしているはずだ。

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