『ハードカバー』

基本情報

ハードカバー
(HARD COVER)
1989/STトリミング版
(2003/3/1 V)

感想

 古書店で働く主人公(ジェニー・ライト)は遺産整理品として運び込まれた荷物の中から発見した怪奇小説「狂気と罪」「マッドマン」の二冊に魅入られるように読み進むうち、小説に登場する殺人鬼が現実世界に現れ、小説と同じように人々を殺して切り刻み始める。出版社の社長は、あの本は不可解な死を遂げた狂った科学者が自伝として書いたものだと語る。恋人の刑事と共に次の犠牲者が狙われる図書館に罠を張るが、殺人鬼は現れず、勤め先の古書店に戻ってみると、同僚が血の海に倒れており・・・

 一時期ホラー映画界で期待されたティボー・タカクスの畢生の一作といえる佳作。怪奇小説好きなら好きにならずにいられないカルト作といってもいいだろう。その割には、今や完全に忘れ去られてしまった不幸な作品。もっと注目されてもいいはずだ。

 現実世界と小説の世界をカット割りだけで行き来する演出など実に鮮やかなもので、低予算ながら闇を生かした撮影や、開け放したアパートの窓から向かいの調律師の引くピアノが聞こえてくるという気怠い宵の表現など意外なほどに正統派の演出術を披露している。

 狂った科学者がジャッカルと自分の精子を混ぜ合わせて産み出したジャッカルボーイと呼ばれる怪物がランダル・ウィリアム・クックのモデルアニメで動き回るのだが、デザイン自体はジャッカルと言うよりも毛の抜けた猿程度にしか見えない。ただ、動き自体は実にスムーズでラストの奇抜なアクション場面まで、見せ場自体は短いながらも充実した演出のおかげで当時既に古びていた技術が小さく息を吹き返している。しかも、小説の中から現れた殺人鬼を演じて最後に自分の産み出した怪物と死闘を闘うのがランダル・ウィリアム・クック自身という凝った趣向も低予算映画ならではの愉しみというものだ。

 本国アメリカでもDVDすら発売されていないというのが不思議に思われてくる愛すべき小品である。

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