佐々木毅の『民主主義という不思議な仕組み』に啓蒙される!「市民的不服従」メソッドとは?

■著者の佐々木毅氏は元東大総長です。国立大学法人化の過渡期に総長を務めた人ですね。そうえいばなんとなく名前に見覚えが。簡単にいえば、正統派のすっごい偉い人です(多分)。基本的に中高生向けに書かれた本ですが、けっこう難しいですよ。かなり高度なことまで含まれます。

「市民の服従拒否」という戦い方

■一番興味深かったのは、19世紀の米国で奴隷制メキシコ戦争に反対の立場を鮮明にするため、「市民の服従拒否」として納税拒否を主張して投獄された(けど親戚が支払ったのですぐに釈放された!)ヘンリー・デイヴィッド・ソローという人の話です。

「正義と良心とに対する尊敬は、法に対するそれを遥かに凌駕すべきものである」という「平和革命」の主張には、目からウロコの感がありました。全く同感だからです。頭の中に漠然と渦巻いていた想念を、見事に言い当てられた思いです。「法の支配」によって民主主義は成り立っているけれど、当然のこと、「法」を凌駕する、より高位のものが、個々の市民の中には存在するという実感。

■政府は「契約」に基づく人民の付託を受けて「国」を組織して政治を行っているけど、必ずしも民意を反映せず、人民の良心に反する政策を行うことがある。選挙で民意を突きつけるのはタイムラグが生じる。もっと直接的に、近代や戦後初期に多発したようにデモや暴動などで意思表示をすることはできるし、政治家も確実にそれは意識し、一定の影響を受けるので、それはそれで効果的だけど、暴力的だ。それなら、そもそも政府を人民の意志によって支える源泉であるところの税金をコントロールすることで政府を直接的に制約する回路があっていいはずだ。

■そもそも日本では勤め人は源泉徴収で税金を取られているし、課税に関する法令判断なども国税当局の裁量が非常に大きいので、税金に関して抵抗するすべが裁判などに限られえているうえ、国民はほぼ負けるに決まっている(国税庁と法廷で戦った『不撓不屈』という映画があったなあ)ので、この戦略を塞がれている。

■そもそも現行憲法でも、GHQ草案では「納税の義務」は記述がなくて、それを見た大蔵省が焦って交渉してねじ込んだという、知る人ぞ知る(悪どい)経緯があるけど、現行憲法の背景にある米国流の社会契約説の思想から考えると、納税は義務ではなく主権者が政府を動かす「権利」行使だろうというのは、『税という社会の仕組み』で諸富先生の言うところです。市民が納税をコントロールすることは、主権者に留保された「革命権」の部分的な行使だと考えられるそうですよ!

■その権利を国民が取りもどすために、源泉徴収制度は廃止して、米国流に全員が確定申告するようにしたほうが、本来の納税の意味が認識できるのではないかという気がします。「取りやすいところからとる」という国税当局の思想(本音)じたいが、そもそも主権者の意思に反しているわけで、そこからして主権者は政府に見直せと声を上げるべきなんですけどね。このあたりの、戦後税制の背景にある思想的な意味合いについては非常に興味深いので、もう少し掘ってみたいと思います。

■政府の政策に納得がいかなければ、堂々と納税を拒否して、投獄されるというかっこいい大人になりたいなあ!(実際は、現行法制度により、えげつないペナルティを課されることになるけど!)

「あれか、これか」ではなく「より良く」を目指して

■日本では良質のシンクタンクが育っていないという指摘も、まさにそのとおりで、実際大問題。個々の政策や提案について、具体的なエビデンスや合理的な推論にもとづいた、選択肢の比較検討といったことを米国などでは民間シンクタンクが行って主権者の判断材料とすることが定着しているらしいけど、日本ではそもそもお役所がデータを出さないから、それが成り立たない。お役所が集約するデータは、言うまでもなく主権者のためのものなのに、抱え込んで明らかにしない。自分に都合が悪いから。これでは、日本の主権者は正しい判断ができないので、民主主義も機能しないという根本的問題。

■「はじめに」の部分で、良いフレーズがあったので、ここはそのまま引用しましょう。

人生の多くの局面において大事なことは、「より良く」を心がけ、実行することです。「あれか、これか」に比べると、「より良く」を追求することは派手ではなく、あまり魅力のないもののように見えるかもしれません。しかし、人間の社会や個人の人生において大事なことは、ちょっとの違いが大きな違いにつながるということです。継続的な努力が必要なのはそのためです。五十歩百歩だからといって馬鹿にしてはなりません。

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