基本情報
肉の蝋人形
(HOUSE OF WAX)
1953/スタンダードサイズ
(99/2/27 V)
感想(旧HPより転載)
家主が保険金目当てに火を放ったため焼け落ちた蝋人形館の主人(V・プライス)が蝋人形館を再開するが、その中には人間の死体が塗り込められていたというお馴染みのホラー映画の古典で、当時は3D映画として公開されたことで有名な作品。
確かに3D向けの無理矢理な見せ場が2、3ヶ所あり、ラインダンスのお姉様方がやたらと画面に向かって脚を振り上げていたりするのだが、まあそのあたりはご愛敬として見逃してあげてもいいだろう。なぜならそうした欠点を補って余りあるほど主演のヴィンセント・プライスが素晴らしいからだ。
焼け落ちる蝋人形館とともに心と体の両面に深い痛手を負った彼は狂気の美学の赴くまま、真の写実を求めては、ジャンヌ・ダルクやマリー・アントワネットに似た人間を探し出して殺しては地下室の巨大な装置を使って蝋人形に加工し始めたのだ。
19世紀末のニューヨークの夜を覆う闇から闇へと身を隠しながら獲物を追いつめて行く黒マントの男こそ、大部分は吹き替えかとは思われるが、ヴィンセント・プライスその人であり、こうしたシーンは近年のスラッシャー(殺人鬼)映画のプロトタイプにも連なる様式美を感じさせる。しかも、ヴィンセント・プライスの顔には醜く焼け爛れた怪人マスクが装着されている。そういえばティボー・タカクスの秀作「ハードカバー」の殺人鬼にもそっくりである。
しかも、(以下伏せ字)蝋人形館で見せる穏やかな芸術家風の素顔こそが仮面であり、爛れた怪人の顔こそが実は素顔であったというクライマックスのショッカーは、「オペラの怪人」に劣らない恐怖の強度を誇る正体暴露の瞬間だろう。
だが、この映画で最も称賛されるべきは車椅子のヴィンセント・プライスが灰燼に帰した最高傑作マリー・アントワネットの蝋人形をさらに凌駕するためにモデルとして眼を付けた若い娘に注ぐ特殊な情愛のこもった視線のあり方にあり、後年岸田森や本田博太郎へと何故か引き継がれて行く特殊俳優独特のナルシズム演技の原点が刻印されているのではないだろうか。数多い主演作の中でもヴィンセント・プライスの演技的には最高の部類に入る作品だろう。
もっとも、ラストのくだらないオチに象徴されるように怪奇映画としては不徹底な部分があり、クライマックスの夜の蝋人形館の闇が当時のカラー映画にしては陰影豊かに表現されていたり、地下の蝋人形製造工場の奇怪な装置が古風な愉しさを横溢させいたりするだけに少々残念だ。