『秘録怪猫伝』

秘録 怪猫伝 [DVD]

秘録 怪猫伝 [DVD]

  • 発売日: 2002/07/26
  • メディア: DVD

基本情報

秘録怪猫伝
1969/スコープサイズ
(2001/6/28 V)
脚本/浅井昭三郎
撮影/今井ひろし 照明/美間 博
美術/太田誠一 音楽/渡辺宙明
監督/田中徳三

感想(旧ブログより転載)

 竜造寺家の娘に眼を付けた佐賀藩の藩主(上野山功一)はその兄を殺し、家老(戸浦六宏)に命じてその遺体を井戸の底に沈めさせるが、兄の異状を知った妹は竜造寺家の怨みを晴らすべく自害してその生き血を愛猫タマに吸わせる。怪猫となったタマは中臈沢の井(毛利郁子)に憑依して城中に惨劇をもたらすが、近習頭(本郷功次郎)に阻止されるや、今度は城主の愛妾お豊の方(小林直美)に取り憑く。憔悴してゆく城主を見かねた家臣たちは怨霊退散を祈念するが。
 「化け猫ご用だ」という作品で監督デビューした田中徳三大映での最後の監督作品が化け猫映画というのは出来過ぎた偶然で、そのおかげで後にはテレビ時代劇でも化け猫モノを撮ることになるのだが、この映画が万博の年1970年の正月映画として、市川雷蔵亡きあと松方弘樹を主演に迎えた「眠狂四郎卍斬り」と同時公開されたことを考えると大映という映画会社の”断末魔”を見る思いがして、複雑な心境になる。
 「妖怪百物語」「牡丹燈籠」等の怪談モノと「秘録おんな牢」等の秘録シリーズのエログロ路線こそは大映京都の”断末魔”に相違ないわけだが、ここにおいてその二つの路線が決して発展的にではなく縮小再生産の形で融合しており、秘録シリーズの生みの親とも言える浅井昭三郎が脚本を執筆している。
 しかし、肝心の脚本が全く冴えず、ほとんどやる気の感じられない不誠実な代物であり、しかも制作予算の引き締めの厳しさは誰の目にも明らかな状態で、制作条件的には相当の苦戦を強いられていたことは確実だろう。
 後半怪猫に憑依されるお豊の方が戸浦六宏の妹で、二人で城主を操って城内の実権を握ろうと企んでいることを提示しながら、中盤で二人の暗躍する様子がまったく織り込まれず、そのためにラストの見せ場である兄妹での殺し合いの無惨さが引き立たないというのは、腰砕けもいいところだ。この二人を巧く使えば、もっと手の込んだ怪談映画にもなりえたものを。
 ただ、そうした悪条件を逆手にとって田中徳三今井ひろし以下の技術スタッフは城中に巣くう闇の深さの追及に邁進する。ビデオで観る限り、技術スタッフは大映京都の平均的水準を明らかに逸脱した暗さを狙っていると思われる。美術装置の貧弱さを補うために怪猫が潜む奥の院のナイトシーンでは登場人物が手にした行灯と僅かに人物のシルエットを浮かび上がらせる人工照明だけが光源で、光の届かぬ空間はすべて漆黒の闇の中に沈んでいるという映像設計の大胆さがこの映画の映画魂の”断末魔”の真相といえるだろう。
 しかも、蛇をペットとして寵愛し、この映画の撮影後に愛人刺殺事件を起こして映画界を去ったことで京都映画界の伝説となった毛利郁子が「妖怪百物語」で当時の子供たちのトラウマとなったろくろ首に続いてここでは怪猫を演じて白塗のメイクに血の滲んだように真っ赤な舌で行灯の油を舐めて見せ、化け猫という当時でも既にかなりアナクロだったはずの怪物に文句無しの凄絶な表情を付与することに成功していることは特筆されるべきだ。もちろん、耽美派田中徳三の美意識が大きく作用しているはずだが、女優としてのキャリアの最後に怪猫を演じきった数奇な映画女優のことを我々は決して忘れはしない。
 といったわけで、大映京都の企画者出身の脚本家浅井昭三郎が大映倒産後自殺したことも含めて、怪奇映画そのものとしてよりも関わった人々にとって様々な意味合いで一つの分岐点となってしまったこと故に日本映画史上きわめて数奇な運命を身に纏った呪われた映画であることは確実である。



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